脱被ばく実現ネット(旧ふくしま集団疎開裁判の会)の基本情報

2020年7月30日木曜日

子ども脱被ばく裁判 最終弁論 判決は来年3月1日に!


★子ども脱被ばく裁判
7月28日福島地裁にて結審。
脱被ばく実現ネットのボランティアと郡山の仲間達が裁判所へ向かう前にチラシ配布。
予報通り酷い雨ふり。
裁判所前でのアピール行動は中止となる。
コロナ対策の為、いつもより少ないメディアを含め15枚の傍聴券。希望者は裁判所へ、他の支援者達は報告会会場へと向かう。


記者会見と報告会
NHK福島、毎日新聞、IWJ、河北新報、アワープラネットさんなど他にも取材にきています。
判決は来年3月1日になりました。
署名は86000筆に。。
原告代表は皆様のご支援、長い間の弁護団の並々ならぬご尽力に感謝していました。
報告会の動画等は出来上がり次第お知らせします。

NHKニュース
















今野寿美雄原告代表

20200728 子ども脱被ばく裁判が結審しました。
皆様の応援御支援ありがとうございます。
来年3/1に判決が出ます。子ども達が安心安全な環境で生きていける様な判決が出ます事を切に願っています。

静岡県から必死の思いで駆けつけてくださった長谷川克己さん(避難者)のフェイスブックから

昨日は『子ども脱被ばく裁判』の結審の日。
しかし、私の運営している小さな福祉施設は、コロナ禍にあって再度の臨戦体制を敷いたばかり。
「長」の立場としては、その場をあとにして、県境を越えての移動は憚られる。
悩みに悩んだ末、前の晩、断腸の思いで参加を断念した。
原告団の代表にそのことを伝えたら、思いが込み上げてきてしまい言葉に詰まった。
朝、起きて寝不足の腫れぼったい顔をしていたら、見かねた妻から「お父さん。行って来なよ。」の一言。
「そうする。」
との言葉が自然に出た。すぐに家を出た。
県境を跨ぐが、車で行けば静岡から福島へのピンポイントでの移動になる。
ただ、ギリギリの時間。
途中で少しでも渋滞にハマれば間に合わない。
近道になる青木ヶ原樹海を雨の中、猛スピードで走り抜け、中央高速道に飛び乗り、覆面パトカーを気にしながら、圏央道、関越道、東北道と5時間あまり、飛ばしに飛ばして開廷20分前、ギリギリ福島地裁に滑り込んだ。
結審の法廷は、弁護人と原告代表の最終弁論のみで、30分の短い時間で終わることは承知していたが、私にとっては、生涯で滅多に経験しないであろう中身の濃い30分となった。
原告団・団長の弁論、弁護団の皆さんの話は、まるでドラマのヒーローのように聞こえた。
そして、静かに噛み締めながら聞いていて、改めて感じたことがあった。
それは、誰も話を盛ったりしていないし、事実を正しく表現しているのみで、たとえば、初めてこの話を聞く人が居たとしても、恐らく100%、「この人たちの言うことに嘘はない」と言うであろうこと。
そう、この裁判は、「冷静に判断すれば100%、私たちの主張に分があること」を改めて感じた。
最後を締めくくった弁護士さんがこう言った。
「行政は正義を実行しなかったが、せめて司法は正義を示すべきだ。」
あとは来年31日の判決を待つのみ。
「義は我々にあり」

この言葉を噛み締めながら大雨の中、急ぎ帰路に着いた。


松本徳子さん(避難者)のコメント
11311 日東日本大震災が起き翌日
東京電力福島第一原子力発電所が
爆発後多核種の放射性物質を拡散した。
その量は計り知れないものだったと言う事は加害者東京電力は発表している。
当時315日から福島全域を中心に
放射性物質が拡散したにも関わらず
東京電力、福島県も含め県民に
正しい情報を伝えられなかった為に
水、灯油、ガソリンを求め
家族全員、外に列を
作り並んだ
小さな子ども達も無防備に大人たちと
一緒に食糧、水を求め並んだのだ。
国と県は『無用な被ばくをさせたとの事実はない』と放った
何故?状況を知っていた人間たちは
ヨウ素剤を服用、県には事故の際の
沢山の備蓄のヨウ素剤が有ったにも
関わらず
県民には与える事は無かった
本当に何故なのか
これで『被ばくをさせなかった』と
本当に言い切れるのでしょうか
福島第一原子力発電所の事故は
人災で有り、今も尚事故は終息して
おりません
更に今、大量に出ている危険な放射性核種が含まれている汚染水を処理したから
もう処理水だと言葉で騙し、トリチウム水だから海に流して良いのだと
無責任な事を事故を起こした東京電力が
言っている
空気、大地、海水がどれだけ
汚されたのか
本当にこのまま無かった事に
終わった事になど出来る訳が有りません
どれだけの人々が無用な被ばくと死に
追いやられたのかを
司法はきちんと調べる責任がある筈です



判決は来年3月1日となりました。
皆さま、引き続いてのご支援、よろしくお願い申し上げます。

尚、原告代表の今野さんの家が放射性廃棄物として潰されていく様子を
フェイスブックで紹介されています。
どれだけ悔しい思いだったでしょうか。
原発事故の恐ろしさ、悲惨さを再認識せずにはいられません。

2020年7月22日水曜日

20200719 脱被ばく実現ネット 官邸前抗議行動

19日、久しぶりのお天気に恵まれ、脱被ばく実現ネット、官邸前抗議をやりました!
総がかり行動から引き続き参加下さった方々約16名ほど。
初めて参加下さった方もいて、来月も参加しますと言ってくださり、
ご一緒に、プラカードを掲げスタンデング、シュプレヒコールを
唱和下さいました。
 
乱鬼流さんは、コロナ以後、古いスタイルは少しづつ変化ししている。
小さなグループの抗議も大きな意味を持っており、今後につながっていくと
力強い励ましの言葉はうれしかったです。
 
今日は、子ども脱被ばく裁判の会報「道しるべ」から巻頭言を書いてくださった
光前弁護士の言葉を読み上げて紹介したり、ある原告さんの思いを朗読し、
シュプレヒコールで締めました!
 
また、スタンデングには参加できないけれどと、歌の仲間のみなさんから、
1000円のカンパがありましたので報告します。





2020年7月15日水曜日

2020年7月11日 脱被ばく実現ネット アルタ前スタンディング

7月11日、久しぶりの新宿アルタ前スタンディングを行いました。
 チラシの受け取りはよくなかったですが、受け取られた方々のお一人は横断幕を写真に撮り、拡散して下さるご様子でした。今現在の危機的状況の気づきになる、その契機となる事を願ってやみません。

7月12日、NHK明日へつなげよう「分断の果てに 原発事故避難者は問いかける」という番組が放送されました。番組では「震災支援ネットワーク埼玉 (略称SSN)の活動が紹介され、SSNが行った避難者へのアンケートでは4割の避難者が健康上の問題を抱えていました(内部被ばくの影響は看過できないと思います)
2017年、政府の広範な地域の避難指示解除、それによる住宅支援の打ち切りがあり、避難者への社会的な虐待、構造的な暴力(福島県による避難者への追い出し訴訟など)が避難者を追い詰めている過酷な現実を伝えていました。
コロナ問題で更に原発事故避難者の皆さんの存在が人々の脳裏から薄れていくことを危惧します。

三密を避けながらも、原発事故被害が継続中であることをこれからも訴えていきたいと思います。(いとう)






2020年7月3日金曜日

7月28日火曜日、子ども脱被ばく裁判がいよいよ結審

7月28日火曜日、午後1時半より、子ども脱被ばく裁判がいよいよ結審となります。
福島地方裁判所にて行われます。当日の詳細予定、中継など決定しましたら
追加にてブログアップ致します。ご注目ください。

弁護団の皆さんは先日最終準備書面を提出されました。
政府は原発事故に乗じて人命無視の、非常識がまかり通る時代へと政治を進めてきてしまいました。
それに一石を投じる、弁護団の柳原弁護士のいう「あべこべの世界を正す」ための
裁判です。

☆☆☆☆☆☆
2014年8月に子ども脱被ばく裁判が提訴され6年です。
中学生だった子ども原告はその資格がなくなったり、他地域への避難を余儀なくされた原告の皆さんもおられます。

国と福島県は年間20ミリシーベルトの放射能汚染地に、赤ちゃんを含む県民たちの帰還を促し、家賃などの支援も打ち切りました。今また年間50ミリシーベルトを超える高い放射線量の検出された「帰還困難区域」へ除染なしでの避難指示解除に向けて政府は動き出しています。

私たち脱被ばく実現ネットのボランティアは、旧ふくしま集団疎開裁判の成果と課題を引き継いだ新しい裁判として子ども脱被ばく裁判の提訴から一貫して支援してまいりました。

原告の住む地域の放射能値の測定・数回に渡る学習会等から始まり、
年2回の放射能から子どもを守ろう! の新宿デモでの訴え
毎回の裁判現地でのチラシ配布や裁判への参加、各集会等での宣伝チラシ配布など
様々な運動を続けて来ました。

原告の皆さんはこの裁判にて、当時のことを語るのが苦しいと言われる方も多い中、意地の悪い被告側の質問にもひるまず勇気を持って証言されました。
大事な子どもたちを被ばくさせてしまった、山下俊一が講演して回った為に、
放射能に対する警戒を解いてしまい、後悔した。子どもの被ばくを心配することが
非常識のような雰囲気が作られている。
放射能の危険を知っていればすぐに避難した。子どもたちの健康を心配し、どれだけ苦しい思いをしたか、など証言され傍聴者は涙しました。

弁護団の皆さんは手弁当で、膨大な調査資料や科学者の皆さんの論文等を検討し、何度も会議を行い、合宿もしながら多数の裁判資料を裁判所に提出しました。
この裁判資料はこの裁判だけでなく、過酷な福島原発事故による被害を明らかにする公の資料として大変貴重なものとなるでしょう。裁判資料は弁護団ブログをご覧ください。

また、多くの支援者の皆さんがカンパをお寄せくださり、裁判への膨張や各地での訴えなどしてくださいました。

事故直後、山下俊一氏は国、福島県の放射線健康リスク管理アドバイザーとして
「ニコニコ笑っていれば放射能は怖くない」などと言って福島県内を講演しました。
裁判では今年、山下俊一氏も福島県民健康調査の責任者だった鈴木慎一氏も、
福島地裁に証人として呼ばれ、国の意向に沿っておよそ科学者にあるまじき
根拠のない「放射能安心安全論」を振りまいたことが暴露され、
裁判に参加した原告の皆さんをはじめ、多くの人が呆れ返りそして
怒りを新たにしました。この尋問の詳細な内容は子ども脱被ばく裁判の会が
会報道しるべに載せていますので、ぜひご覧ください。原告の皆さんの証言も
各号に載っております。
道しるべ 第14号 (2020年5月発行)

苦しい思いを抱えながらも証言した原告と、弁護団の粘り強い証言と証人尋問を終え、
弁護団は最終弁論の準備書面を福島地裁に提出されました。

いよいよ7月28日に最終弁論を迎えます。
どうぞご注目下さい。
そして子供脱被ばく裁判を知らない方にお知らせください。
子ども脱被ばく裁判のブログ↓

子ども脱被ばく裁判の勝利に向けて、応援よろしくお願いします!!

2020年7月2日木曜日

20200701 東電前抗議行動に参加

本日、東電本店合同抗議に参加しました。
雨が降ったりやんだりの天気でしたが、約60人が参加しました。
ボランティア仲間が発言しました。
子ども脱被ばく裁判約6年間を振り帰り、728日の福島地裁での結審
に注目を呼びかけました。
冨塚



宮口です。
東電前抗議行動お疲れ様でした。
行動告知の中で7月28日に結審を迎える子ども脱被ばく裁判のことを訴えました。
子ども脱被ばく裁判が提訴され6年です。
中学生だった子ども原告はその資格がなくなり、未曾有の福島原発爆発事故後、
各種の放射能規制値はケタ以上に緩和されました。
そのうえ、年間20ミリシーベルトの放射能汚染地に、赤ちゃんを含む県民たちの帰還を促し、家賃などの支援も打ち切りました。
事故直後、山下俊一氏は国、福島県の放射線健康リスク管理アドバイザーとして
「ニコニコ笑っていれば放射能は怖くない」などと言って福島県内を講演しました。
裁判では今年、山下俊一氏も福島県民健康調査の責任者だった鈴木慎一氏も、
福島地裁に証人として呼ばれ、国の意向に沿って科学者にあるまじき
根拠のない「放射能安心安全論」を振りまいたことが暴露され、
裁判に参加した原告の皆さんをはじめ、多くの人が呆れ返りそして
怒りを新たにしました。
原告の住む地域の放射能値の測定・数回に渡る学習会等から始まり、
弁護団の皆さんは膨大な資料、科学者の皆さんの論文等を検討して
多数の資料を裁判所に提出し
苦しい思いを抱えながらも証言した原告と、弁護団の粘り強い証言と証人尋問を終え、
弁護団は最終弁論の準備書面を福島地裁に提出されました。
いよいよ7月28日に最終弁論を迎えます。
どうぞご注目下さい。
そして子供脱被ばく裁判を知らない方にお知らせください。
裁判の会・会報「道しるべ」も持参しました。
裁判のことを知って下さる方に配布いたしますので声をかけてください。