4月24日の仙台高裁判決の報告会を、日本と世界で開く予定ですが、本日、予告とおり、判決の出たお膝元の仙台で開きます。->その詳細
以下は、その報告者の1人、弁護団の柳原敏夫のレジメです(PDF版は->こちら)。
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世界は見ている
(本年4月24日仙台高裁判決)
2013年6月17日
ふくしま集団疎開裁判 弁護団 柳原敏夫
1、はじめに――なぜ裁判なのか――
私たちのモデルの1つ=チェルブイリ住民避難基準は裁判をせずにソ連で採用。
全体主義国家であろうとも市民の大きな声があれば、正しい避難基準を採用せざるを得ない。
では、なぜ私たちは「裁判」を起こしたのか?
↓
①.2011年4月、文科省の安全基準20倍引き上げに象徴される、3.11以後の行政・立法の対応の余りのひどさ
②.近代裁判の原理ゆえに、そのような横暴ができない司法に裁きを求めた。
≪近代裁判の原理≫
(1)、法の支配(法治主義):結論を引き出す判断が、裁判官個人の好み・恣意に基づくことが許されず、法律(とくに個人の尊厳を最高の価値とする憲法)に基づくことが要請。
(2)、証拠裁判主義:事実認定は裁判官個人の好み・直感に基づくことが許されず、提出された証拠に基づき証明することが求められる。
↓
近代裁判の原理に従えば、疎開裁判は負ける筈がないと確信。
2、仙台高裁判決の謎
◎そもそも紛争とはなにか―裁きをくだす裁判官も含め、紛争に関係する全ての者の正体をさらけ出すリトマス試験紙
◎当初の予想
①.元々、裁判に対する甘い期待は持ってなかった。裁判官は司法官僚、普段から政府・財界・原子力ムラの意向に耳を澄ます能力に長けたエリート
②.本件は緊急の救済を求める仮処分手続で勝負は一審でつく。その一審で敗訴。二審の高裁は儀式(あっという間に終り)。却下は時間の問題。
③.その上、二審の担当裁判長、夫から粘着テープ・手錠で拘束され日常的に性的暴行を受けていた妻がDV防止法で救済を求めたのに「夫に蹴り落とされた女性がすぐに逃げなかったのは『緊迫感に欠ける』と認定し」、一審の保護命令を取消したと記事になる(次頁の東京新聞昨年9月16日)。
以上から、「ケチらされて、負けるのは必至だ」と。
↓現実の結果
予想通り、主文は●(申立てを却下)
しかし‥‥異例の事態が発生。
1、審理の経過
2、判決の中身
1.とっとと幕を引けず、1年4ヶ月の異例の時間がかかった。
2.異例の事実認定の見直し。一審の事実認定である●(100mSv以下なら問題ない。文科省も20mSvまで基準をアップしたから危険とは認められない)を全面的に覆してしまった。
(1)、郡山市の子どもは低線量被ばくにより生命・健康に由々しい事態の進行が懸念される、
(2)、除染技術の未開発、仮置場問題の未解決等により除染は十分な成果が得られていない
(3)、被ばくの危険を回避するためには、安全な他の地域に避難するしか手段がない
(4)、「集団疎開」が子どもたちの被ばくの危険を回避する1つの抜本的方策として教育行政上考慮すべき選択肢である
↑
なぜ、裁判は異例の展開となり、判決中に「不都合な真実」を書き込んでしまったのか?
2、世界中が見ていたから
◎社会的な裁判の行方を左右する3つの力(真実の力・正義の力・市民の力)
→世界中から3つの力が裁判所に作用した。
第1の力:真実の力
◎真実の力とは何か → チェルノブイリは見ている
疎開裁判の真実に対する基本姿勢:原子力ムラは私たち人間をマインドコントロールできたとしても、放射能をマインドコントロールすることはできない。
この目に見えない放射能の威力を知るにはチェルノブイリの体験に学ぶしかない。
→チェルノブイリで起きた被害は明日のフクシマ。
マリコらの国際共同研究報告書
ヤブロコフ・ネステレンコ報告(チェルノブイリ被害の全貌)
パンダジェフスキー論文
ウクライナ政府報告書
などなどを証拠として提出。
私たちのモデルの1つ=チェルブイリ住民避難基準は裁判をせずにソ連で採用。
全体主義国家であろうとも市民の大きな声があれば、正しい避難基準を採用せざるを得ない。
では、なぜ私たちは「裁判」を起こしたのか?
↓
①.2011年4月、文科省の安全基準20倍引き上げに象徴される、3.11以後の行政・立法の対応の余りのひどさ
②.近代裁判の原理ゆえに、そのような横暴ができない司法に裁きを求めた。
≪近代裁判の原理≫
(1)、法の支配(法治主義):結論を引き出す判断が、裁判官個人の好み・恣意に基づくことが許されず、法律(とくに個人の尊厳を最高の価値とする憲法)に基づくことが要請。
(2)、証拠裁判主義:事実認定は裁判官個人の好み・直感に基づくことが許されず、提出された証拠に基づき証明することが求められる。
↓
近代裁判の原理に従えば、疎開裁判は負ける筈がないと確信。
2、仙台高裁判決の謎
◎そもそも紛争とはなにか―裁きをくだす裁判官も含め、紛争に関係する全ての者の正体をさらけ出すリトマス試験紙
◎当初の予想
①.元々、裁判に対する甘い期待は持ってなかった。裁判官は司法官僚、普段から政府・財界・原子力ムラの意向に耳を澄ます能力に長けたエリート
②.本件は緊急の救済を求める仮処分手続で勝負は一審でつく。その一審で敗訴。二審の高裁は儀式(あっという間に終り)。却下は時間の問題。
③.その上、二審の担当裁判長、夫から粘着テープ・手錠で拘束され日常的に性的暴行を受けていた妻がDV防止法で救済を求めたのに「夫に蹴り落とされた女性がすぐに逃げなかったのは『緊迫感に欠ける』と認定し」、一審の保護命令を取消したと記事になる(次頁の東京新聞昨年9月16日)。
以上から、「ケチらされて、負けるのは必至だ」と。
↓現実の結果
予想通り、主文は●(申立てを却下)
しかし‥‥異例の事態が発生。
1、審理の経過
2、判決の中身
1.とっとと幕を引けず、1年4ヶ月の異例の時間がかかった。
2.異例の事実認定の見直し。一審の事実認定である●(100mSv以下なら問題ない。文科省も20mSvまで基準をアップしたから危険とは認められない)を全面的に覆してしまった。
(1)、郡山市の子どもは低線量被ばくにより生命・健康に由々しい事態の進行が懸念される、
(2)、除染技術の未開発、仮置場問題の未解決等により除染は十分な成果が得られていない
(3)、被ばくの危険を回避するためには、安全な他の地域に避難するしか手段がない
(4)、「集団疎開」が子どもたちの被ばくの危険を回避する1つの抜本的方策として教育行政上考慮すべき選択肢である
↑
なぜ、裁判は異例の展開となり、判決中に「不都合な真実」を書き込んでしまったのか?
2、世界中が見ていたから
◎社会的な裁判の行方を左右する3つの力(真実の力・正義の力・市民の力)
→世界中から3つの力が裁判所に作用した。
第1の力:真実の力
◎真実の力とは何か → チェルノブイリは見ている
疎開裁判の真実に対する基本姿勢:原子力ムラは私たち人間をマインドコントロールできたとしても、放射能をマインドコントロールすることはできない。
この目に見えない放射能の威力を知るにはチェルノブイリの体験に学ぶしかない。
→チェルノブイリで起きた被害は明日のフクシマ。
マリコらの国際共同研究報告書
ヤブロコフ・ネステレンコ報告(チェルノブイリ被害の全貌)
パンダジェフスキー論文
ウクライナ政府報告書
などなどを証拠として提出。
ヤブロコフ・ネステレンコ報告
第2の力:正義の力
◎正義の力とは何か → 世界の良識は見ている。
チェルノブイリの体験に学んだ真実の力は大変なものだった。しかし、真実の力だけでは社会を動かす十分な力にはなり得ない。そのためには、真実の力が正義の力と市民の力とつながることが不可欠。3つの力を束ねたとき、初めて社会が動く。
(1) 、知識人で真っ先に声をあげたのは、日本ではなく、
世界の良心と言われるチョムスキーの声明(2012.1)
「社会が道徳的に健全であるかどうかをはかる基準として、社会の最も弱い立場の人たちのことを社会がどう取り扱うかという基準に勝るものはなく、許し難い行為の犠牲者となっている子どもたち以上に傷つきやすい存在、大切な存在はありません。
日本にとって、そして世界中の私たち全員にとって、この裁判は失敗が許されないテスト(試練)なのです。」
(1) 、知識人で真っ先に声をあげたのは、日本ではなく、
世界の良心と言われるチョムスキーの声明(2012.1)
「社会が道徳的に健全であるかどうかをはかる基準として、社会の最も弱い立場の人たちのことを社会がどう取り扱うかという基準に勝るものはなく、許し難い行為の犠牲者となっている子どもたち以上に傷つきやすい存在、大切な存在はありません。
日本にとって、そして世界中の私たち全員にとって、この裁判は失敗が許されないテスト(試練)なのです。」
(2)、国連人権理事会で、オーストリア政府の日本政府に対する勧告(2012.10)
「放射能の危険から福島の人々の命と健康に関する権利を守るために、必要なあらゆる措置を取ること」
(3)、国連人権委員会から福島に派遣された特別報告者アナンド・グローバーの会見(2012.11):国・県の対応を痛烈に批判。
東京新聞(2011年11月29日)
第3の力:市民の力
たとえどんな真実も正義も、それを支持する市民の力がない限り無力にとどまる。
◎市民の力 → 世界中の市民が見ている
裁判官は孤独。良心的な裁判官ほどその傾向。その裁判官が国家に対し「ノー」という判決を出すためには多数の市民の支持が不可欠。
二審では、国内の多くの市民だけでなく、世界中から市民が声をあげた。
オーストリア首相(ヴェルナー・ファイマン)
スイスジュネーブ市長(レミー・パガーニ)
英国の著名ファッションデザイナー(キャサリン・ハムネット)‥‥
ジュネーブ市長からのメッセージ
引き続き声をあげるが、同時進行でアクションも起こす。
(1)、声をあげる:第二次疎開裁判
疎開裁判の過去・現在・未来の一覧表
項目
|
一審(郡山支部)
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二審(仙台高裁)
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第二次疎開裁判
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①主文
|
●
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●
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○
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②理由
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|||
事実認定
|
●
|
○
|
○
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法律判断
|
●
|
●
|
○
|
人権すらなかった太平洋戦争の軍事独裁国家でも、全体主義国家ソ連でも認めた子どもの命を守る集団避難を実施できない――戦後民主主義の日本にとって最大のスキャンダル。人権の最貧民国である日本国の不正義をただす取組み。
日本の市民、日本の市民運動にとって
いま何が必要か ≪脱原発の前に、子ども達の脱被ばく≫
これを明確に述べたチョムスキーの最新メッセージ(2013.5.29)
福島のような大惨事を防ぐために解決しなくてはいけない、化石燃料、原子力、代替エネルギーや組織にまつわる問題が山済みであることは事実ですが、一部の問題はとても緊急を要するもので、他のいかなることよりも最優先されなくてはいけないことの第一は、 被ばくの深刻な脅威にさらされている数十万の子どもたちを救うことです。
この緊急の課題に対して解決策を見つけ、政府にそれをさせるためのプレッシャーを日本の市民の力でかけなくてはいけません。そして、その非常に重要な取組みに、私も支援できることを望んでいます。
その上で、今、どういう支援、どういう声とアクションが重要か。
↓
そのカギを握るのは医師。
第二次疎開裁判の判断の行方を左右するのは、子どもたちの深刻な健康被害の実態が多くの人たちに知られ、避難の必要を支持する多くの声があがるかどうかであり、その声があがるかどうかのカギを握るのは、ほかならぬ医師らの医療従事者の人たちの取組みです。
福島の子ども達を救えないようでは日本はおしまいです。誇張なしに申し上げて、福島の子ども達と日本の運命は医師らの医療従事者の人たちの手にかかっています。3.11以後、国外から世界から、核戦争防止国際医師会議の勧告やミッシェル・フェルネックス博士たちが「子ども達が危ない、今すぐ避難をさせよ」という声をあげています。
あとは、国内からも同様の声があがること、健康被害の真実の追求が始まることです。
そしたら、私たち一般市民も共に手を携えて、以前にも増して、大きな声と力で「子どもたちを救え!」と言うことができます。
日本の医師、医療従事者の皆さん、どうか、私たちにとつながって子どもたちの命を救う取組みに参加いただくよう、お願い申し上げます。
(参考)日本の医師、医療従事者の皆さんへ
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