【アクション告知】

 (中止します) 官邸前アクション (毎月19日を予定)
   日時: 1月19日  (インフルでダウン者続出のため中止します
   場所: 
官邸前

■ 新宿アクション (第2の土曜日開催変更しました)
   日時: 2月9日(土曜 (15時~16時
   場所:JR新宿東口 アルタ前広場
   内容: 街頭宣伝

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2019年1月18日金曜日

【報告】三重県伊勢市&津市、1月12日(土)13日(日)市民立法「チェルノブイリ法日本版」学習会「戦争と平和--NOでは足りない――YESを、平和を積極的に創り出す必要がある--」

市民が育てるチェルノブイリ法日本版の会の公式ブログ-->こちら
 
2019年最初の市民立法「チェルノブイリ法日本版」学習会を、
1月12日(土)、三重県伊勢市のあるる館で、
1月13日(日)、三重県津市のギャラリーVOLVOXで、
ふくしまいせしまの会主催でやりました。
                          1月12日伊勢市
                           会場のあるる館
                       
                         1月13日津市
          会場のVOLVOXで、主催者の上野正美さん(育てる会の共同代表)

                
伊勢市では2016年12月に続いて、今回が2回目の学習会。
この日、翌日の津市の学習会に参加できないからと津から1時間以上かけて参加した人、1回目の学習会に参加し今回2回目の参加で「やっと、チェルノブイリ法日本版が分った」と感想を語ってくれた人、市民運動に殆ど縁がなかったのに、この学習会に参加して11時まで熱く感想を語ってくれた74歳の人・・・閉会の時間制限がないことをいいことにして3時間近くも喋ってしまい、とても印象に残る学習会でした。

 以下、当日の動画とプレゼン資料&配布資料です。

 動画(12日の伊勢市
 柳原敏夫の話(その1)

 柳原敏夫の話(その2)

 柳原敏夫の話(その3)

 柳原敏夫の話(その4)

 柳原敏夫の話(その5)

 柳原敏夫の話(その6)

  
動画(日の
 柳原敏夫の話(その1)

 柳原敏夫の話(その2)

 柳原敏夫の話(その3)

 柳原敏夫の話(その4)

 
プレゼン資料(全文のPDFは->こちら
http://1am.sakura.ne.jp/Chernobyl/190112presenMie.pdf

配布資料(PDFは->こちら



戦争と平和
NO
では足りない――YESを、平和を積極的に創り出す必要がある

2019.1.1213 at 三重 柳原敏夫


311からまもなく8年が経過。

私たちは、311直後のアクションを単に持続するのではなく、そこからもう一歩前に進む必要がある。

そのためにこの間の振り返りの中から、新しい再出発を模索する。

第1部、戦争

 私たちは放射能を忘れたがっている。しかし、放射能は忘れさせてくれない。

 放射能のいつも変わらぬ無言のシグナルは

 ――ユルユルと、ボケっと生きてんじゃねえよ!

第2部、平和

 平和は歌を歌って実現するものでも、ハトや虹の絵を描いて実現するものでもない。

 そのためには、実現可能な明確なビジョンをつかみ、これを実行する必要がある。

 それが「平和を再定義すること」、平和に向けて持続可能な現実的なビジョンを持つこと。

ジョディ・ウィリアムズ(※)

311後の私たちに残されていること

 ――311原発事故後の「福島の犯罪」をただし、命の救済を現実化、具体化すること、

 それが、市民立法によるチェルノブイリ法日本版の制定。



(※)世界最初の市民立法の条約(対人地雷禁止条約)を成立させた市民団体「地雷禁止国際キャンペーン」のメンバー。



第1部、戦争

自主避難者の人の言葉――3・11以来、百戦百敗、ずっと負け続けてきた。

では、なぜ負け続けているのか。その訳は私たちが旧態依然の発想しかできず、3・11以後の、過去に経験したことのない未曾有の現実に追いついていないからではないか。


3.11福島原発事故とは何か。
単なる事故ではなく、それは事件、政変だった。311以後、私たちは過去に経験したことのない、「見えない異常な時代」に突入した。

3.11以後の気分
 打ちのめされ、立ちあがれないくらい落ち込む連続だった。その最大の理由は311以後の現実に対する認識が足りないこと、311以後の現実=「見えない異常な時代」に対する認識が足りないからではないか。


3.11以後の課題

 第1に、311以後の未曾有の現実を認識する勇気を持つこと。
第2に、その現実認識に匹敵する理想=「現実を変える行動」とは何かを構想すること。

第3に、311以後の現実に対し、単にNOと言うのではなく、YESという理想に向かうこと。


3.11以後の現実

「自然と人間の関係」と「人間と人間の関係」を区別して現実を認識する必要がある。


「自然と人間の関係」(放射線の被ばくとは何か?)

・放射線災害は自然災害とは違う(菅谷昭松本市長)

・年間1mSvとは、「毎秒1万本の放射線が体を被ばくさせる状態が1年間続くこと」(矢ヶ崎克馬琉球大学名誉教授))

・即死のレベルである10シーベルトの放射能これを通常のエネルギーに置き換えると10ジュール/kg。これは体温をわずか0.0024度上げるにすぎない。たったこれだけのエネルギーが人間に即死をもたらすのはなぜか?(落合栄一郎さん)


「人間と人間の関係」――「全てがあべこべ」の「見えない廃墟」の世界の出現――

チェルノブイリ事故の「希望」と「犯罪」のうち、希望は用意周到に踏みにじられ、犯罪がより徹底して反復された。

子どもの命・人権を守るはずの者が「日本最大の児童虐待」「日本史上最悪のいじめ」の当事者に。

福島県は、甲状腺検査の二次検査で「経過観察」とされた子ども(2018年6月末で3316人)が、その後「悪性ないし悪性疑い」が発見されても、その症例数を公表しない。

加害者(加害責任を負う日本政府)が救済者の面をして、命の「復興」は言わず、経済「復興」に狂騒。

被害者(避難者も残留者も)は「助けてくれ」という声すらあげられず、経済「復興」の妨害者として迫害→密猟者が狩場の番人を。盗人が警察官を演じている。狂気が正気とされ、正気が狂気扱いされる

福島原発事故が明るみにしたもの---3・11ショックのどさくさ紛れの中で、「全てがあべこべ」の「見えない廃墟」の世界が出現したことにある。

しかし問題は私たちの側にもある。なぜなら、この悪夢のような出来事を前にして、「うそでしょう」「夢であって欲しい」と今なお茫然自失のショック状態にいるから。そのため今なおこの現実と対決することができず、引きこもり、さもなければオリンピックのお祭り騒ぎかという現実逃避の中にいる。子どもの命を守るためにはこの現実逃避から抜け出す必要がある。そのためにまず次の問いが必要となる――このあべこべの世界はなぜもたらされたのか。


「あべこべ」をもたらしたもの

「ショック・ドクトリン」(ナオミ・クライン)というメガネをかけてあべこべの世界を眺めると、311以後の「あべこべの世界」はショック・ドクトリンの正しい適用にすぎないと分かる。「ショック・ドクトリン」の原理は「危機のみが真の変革をもたらす」(山下俊一語録「ピンチはチャンス」)、それゆえひとたび危機が発生したら人々が茫然自失状態の間に一気呵成に「変革」を強行することが肝心で、この間に断固とした行動を取る機会を逸すれば、変革のチャンスは二度とやってこないと肝に銘じている。それが一方で、事故直後のどさくさ紛れに福島県のみ(!)学校安全基準の20倍引き上げの通知、ミスター100mSvの異名を持つ山下俊一発言と彼の設計による欺瞞的な福島県の県民健康調査、被害者の救済を原発周辺の住民に限定し、それ以外には徹底した自己責任(新自由主義)を押し付け、他方で、秘密保護法の成立、集団的自衛権の行使容認の閣議決定、安保関連法の成立、共謀罪の成立と戦争に突き進む、憲法違反を承知で強引な政治改革の実現――それは3・11前には考えられなかったような、火事場泥棒の法的クーデタと呼ぶほかない異常事態である。3・11以後の日本は国中が原発事故に翻弄された国難などではなくて、「ピンチはチャンス」の通り、原発事故という危機をここぞとばかりに、私たちが茫然自失のショック状態の間に、一気呵成に、原発事故前には不可能だった政治改革を実現した千載一遇のチャンスだった。

このストーリーはチェルノブイリ事故でも実行され、「チェルノブイリの犯罪」と呼ばれだ。311以後の日本も「福島の犯罪」と呼ぶのが相応しい。小説家カミュは「犯罪という猛烈な執念に対抗する術として、証言することへの執念のほか、この世に何があるだろうか」と言った。3・11以後の日本で、猛烈な執念で実行された「福島の犯罪」に対抗する術として、単にNO(「再稼動反対」「支援を打ち切るな」)と言うのでは足りない、「惨事便乗型政治改革」に代わる、積極的、ポジィティブな改革を言う必要がある。それが「これは犯罪であり、犯罪は正されなければならない」と証言することへの執念であり、これ以外に今の日本に何があるだろうか。この犯罪を正すこと、その最初の一歩が、原子力災害から私たちの命・健康・暮らしを守る世界最初の人権宣言である旧ソ連のチェルノブイリ法、その日本版を制定することにほかならない。



第2部 平和

3.11以後の課題
「全てがあべこべ」の「見えない廃墟」という未曾有の異常事態をただすこと。

→そのエッセンスはシンプル。「私たちの運命は私たちが決める」「おかした誤りは放置せず、ただす」


いかにして3.11以後の課題を実現するのか?――「もう一つのあべこべ」の可能性――

だが、日本社会が持ちうる最悪の要素の全てを露呈した311以後の「全てがあべこべ」の暗黒時代にそれは可能だろうか。

可能である。なぜなら、311以後に出現した「あべこべ」は生半可なものでなく、悪のあべこべだけでなく、政治を一握りの職業的専門家にお任せする「お任せ民主主義」から、アマチュアの市民が自ら統治する市民主導の参加型民主主義に交代する「もう1つのあべこべ」をも生み出したからである。それは《職業的専門家とアマチュアのあべこべの時代》をもたらし、311まで劇場の観客にすぎなかった市民が、311以後、みずから舞台に上り、政治、経済、科学技術、文化で発言するようになり、主役となろうとしたからである。これが市民主導で原子力災害から市民を守る立法=市民立法の基盤だ。


いかにして誕生したばかりの「もう一つのあべこべ」を育てるのか?

ただし、このあべこべは誕生したばかりで、これを育てるか枯らすかは私達市民の手にかかっている。そのためには過去に「市民立法」を実現してきた「希望の扉」を全て叩いて、扉を開け、希望の泉を汲み出し、芽をふいたばかりの私たちの取組みに注ぎ込む必要がある。公式の日本史に載らない、「希望の扉」が我が国に存在してきた、それも至るところに。市民の市民による市民のための市民立法「チェルノブイリ法日本版」のエッセンスは《今日の革命は参加という名前である》の言葉に詰め込まれている。NOでは足りない。3・11で被ばくした子どもたちを救えないようでは日本はおしまいだと絶望する前に私たちにまだやれることがある。私たちはミセン(未だ生きず)の中にいる。


「希望の扉」その1:チェルノブイリ法日本版は世界史の奇跡?

「世界の中に奇跡があるのではない。この世界があることが奇跡だ」←「この世界がある」には、これまで少なくとも3つの奇跡が含まれる。
①.生命の誕生   無生物の中から生物が誕生したこと。
②.普遍宗教の誕生 共同体(自己愛)の宗教の中から、調節的(他者愛)の普遍宗教が誕生。 
③.人権の誕生   人権抑圧の法体系の中から、人権(近代憲法)が誕生したこと。 

 チェルノブイリ法日本版は放射能災害に対する人類最初の人権宣言。


「希望の扉」その2:過去は変えられる?

 未来は変えられるか? 可能である。なぜなら過去は変えられるから。

 311以後、明らかになったこと→職業的専門家にお任せの「間接民主主義の機能不全・破綻」

 311以後の異常事態を是正する道、その可能性の中心は「もうひとつのあべこべ」として出現した「市民の自己統治」(直接民主主義・連帯経済)の中にある。そのために、私たちは「過去を変える」必要がある。
2016年来日したアレクシエービッチさんは言った「日本には抵抗の文化がない」

しかし、彼女は公式の日本史しか知らない。私達の過去には輝かしい抵抗の文化があり、埋もれている。

1872年 江藤新平らが、司法権の独立と民が官を裁く先進的な行政訴訟を作る。

 1954年、杉並の主婦から始まった水爆禁止署名運動


 1969年、歴史的な公害国会を引き出した東京都公害防止条例制定の市民運動

 1995年、霞ヶ浦再生を、市民型公共事業として取り組んだアサザ・プロジェクト

 1997年、市民主導で成立した最初の条約、対人地雷禁止条約の成立。 


 2017年、市民主導で成立した2番目の条約、核兵器禁止条約の成立。


次は我々の番だ。

2018年3月、チェルノブイリ法日本版制定を進める市民運動の市民団体として「市民が育てる『チェルノブイリ法日本版』の会」がスタート。

 次は日本各地で、NOではなく、YESという平和のアクションを起す、ベラルーシ出身の画家シャガールに倣って。

最初から失敗することがわかっているような冒険でも、そこがパリであれば、

冒険を冒す価値がある。それがパリだ。

2019.1.11)

2019年1月13日日曜日

新宿アルタ前街宣 (1月12日)

 午後から雨の予報の中で、実際には降られずにアクションを開催できました。
今回は、カップルの外人さんが20~30分間熱心に説明を聞いてくれました。
それに対して、日本人の関心の低さには本当に大丈夫なのと聞きたくなってしまいます。チョムスキー氏が「国は扱いやすく従順な働く道具を育てている」と述べてたことを思い出しますが、まさにそうした日本人ばかり増えて世界的な競争に負ける国となってきているようです。

 ---
脱被ばく実現ネットの新宿街宣
https://www.youtube.com/watch?v=PNL7XazyRtw

福島県では小児甲状腺ガンが272名になった、これで安全だと言えますか?
https://www.youtube.com/watch?v=iQ7PVfIpiNA 
 
 東京大学名誉教授 早野龍五氏による誤りと倫理違反のある伊達市の被ばく調査報告
https://www.youtube.com/watch?v=2HuQAXQJgQg&t=1s 


 大人達が認めた原子力発電により、子ども達は未来永ごう被ばくするようになります
https://www.youtube.com/watch?v=gCs3fbcTesI&t=2s 
  
 
 福島原発事故がオリンピックを利用して、何もなかったかのようにされている
https://www.youtube.com/watch?v=E242oTyaDOg&t=6s 

 子ども脱被ばく裁判とチェルノブイリ日本版の条例化の学習会を応援しています
https://www.youtube.com/watch?v=CafEI7DvUrU&t=1s 
 
 
 18ミリシーベルトでも凄い被ばく量なのに、実際はその3倍の被ばく量である
と御用学者が論文を修正した申請した
https://www.youtube.com/watch?v=QDGgUlPMQes&t=2s 
 
 国の帰還政策は間違いです、原子力緊急事態宣言が出されたままの復興政策は安
全ではありません
https://www.youtube.com/watch?v=eqnv6PhYnOA&t=1s 
 
 原発では労働者が被ばく強いられて働いています、こんな仕事ておかしくないで
すか?
https://www.youtube.com/watch?v=t-RLYYPKxoI

2018年12月24日月曜日

【報告】12月22日(土)市民立法「チェルノブイリ法日本版」学習会「戦争と平和――NOでは足りない、YESを、平和を積極的に創り出す必要がある――」(東京都渋谷区)

市民が育てるチェルノブイリ法日本版の会の公式ブログ-->こちら
 
2月22日(土)、東京都渋谷区の光塾で、脱被ばく実現ネット主催の市民立法「チェルノブイリ法日本版」学習会をやりました。

この日、仙台市、小田原市から参加された方、延べ4回、3回参加された方、「情報公開法」の市民立法の市民運動メンバーの辻利夫さんなど熱意ある人たちが集まりました。


             子ども脱被ばく裁判の報告をする原告代理人の光前幸一さん

              市民立法「チェルノブイリ法日本版」の話をする柳原敏夫

             市民立法「情報公開法」の制定の話をする辻利夫さん

この日の学習会用に、柳原は、今年度の学習会の総集編の積りでレジメとプレゼン資料を編集しました。
以下、当日の動画とプレゼン資料&配布資料です。


動画
共同代表の岡田俊子さん:「市民が育てる『チェルノブイリ法日本版』の会」のこれまでの経過について。


子ども脱被ばく裁判の原告代理人の光前幸一さん:この裁判の報告。



柳原敏夫:市民立法「チェルノブイリ法日本版」について


市民運動メンバーの辻利夫さん:「情報公開法」の市民立法の制定に至るまで。


質疑応答


プレゼン資料(全文のPDFは->こちら
http://1am.sakura.ne.jp/Chernobyl/181222presen.pdf

配布資料(PDFは->こちら

戦争と平和
NOでは足りない――YESを、平和を積極的に創り出す必要がある

2018.12.22 at 光塾 柳原敏夫

311からまもなく8年が経過。

私たちは、311直後のアクションを単に持続するのではなく、そこからもう一歩前に進む必要がある。

そのためにこの間の振り返りの中から、新しい再出発を模索する。

第1部、戦争

 私たちは放射能を忘れたがっている。しかし、放射能は忘れさせてくれない。

 放射能のいつも変わらぬ無言のシグナルは

 ――ユルユルと、ボケっと生きてんじゃねえよ!

第2部、平和

 平和は歌を歌って実現するものでも、ハトや虹の絵を描いて実現するものでもない。

 そのためには、実現可能な明確なビジョンをつかみ、これを実行する必要がある。

 それが「平和を再定義すること」、平和に向けて持続可能な現実的なビジョンを持つこと。
                                                                                    ジョディ・ウィリアムズ

311後の私たちに残されていること

 ――311原発事故後の「福島の犯罪」をただし、命の救済を現実化、具体化すること、

 それが、市民立法によるチェルノブイリ法日本版の制定。

世界最初の市民立法の条約(対人地雷禁止条約)を成立させた市民団体「地雷禁止国際キャンペーン」のメンバー。ノーベル平和賞受賞。



第1部、戦争

自主避難者の人の言葉――3・11以来、百戦百敗、ずっと負け続けてきた。

では、なぜ負け続けているのか。その訳は私たちが旧態依然の発想しかできず、3・11以後の過去に経験したことのない未曾有の現実に追いついていないからではないか。

3.11福島原発事故とは何か。
単なる事故ではなく、それは事件、政変だった。311以後、私たちは過去に経験したことのない、「見えない異常な時代」に突入した。

3.11以後の気分

 打ちのめされ、立ちあがれないくらい落ち込む連続だった。その最大の理由は311以後の現実に対する認識が足りないこと、311以後の現実=「見えない異常な時代」に対する認識が足りないからではないか。

3.11以後の課題

 第1に、311以後の未曾有の現実を認識する勇気を持つこと。
第2に、その現実認識に匹敵する理想=「現実を変える行動」とは何かを構想すること。

第3に、単に311以後の現実に対し、単にNOと言うのではなく、YESという理想に向かうこと。

3.11以後の現実

「自然と人間の関係」と「人間と人間の関係」を区別して現実を認識する必要がある。

「自然と人間の関係」(放射線の被ばくとは何か?)

・放射線災害は自然災害とは違う(菅谷昭松本市長)

・年間1mSvとは、「毎秒1万本の放射線が体を被ばくさせる状態が1年間続くこと」(矢ヶ崎克馬琉球大学名誉教授))

・即死のレベルである10シーベルトの放射能これを通常のエネルギーに置き換えると10ジュール/kg。これは体温をわずか0.0024度上げるにすぎない。たったこれだけのエネルギーが人間に即死をもたらすのはなぜか?(落合栄一郎さん)

「人間と人間の関係」――「全てがあべこべ」の「見えない廃墟」の世界の出現――

チェルノブイリ事故の「希望」と「犯罪」のうち、希望は用意周到に踏みにじられ、犯罪がより徹底して反復された。

子どもの命・人権を守るはずの者が「日本最大の児童虐待」「日本史上最悪のいじめ」の当事者に。

福島県は、甲状腺検査の二次検査で「経過観察」とされた子ども(2018年6月末で3316人)が、その後「悪性ないし悪性疑い」が発見されても、その症例数を公表しない。

加害者(加害責任を負う日本政府)が救済者の面をして、命の「復興」は言わず、経済「復興」に狂騒。

被害者(避難者も残留者も)は「助けてくれ」という声すらあげられず、経済「復興」の妨害者として迫害→密猟者が狩場の番人を。盗人が警察官を演じている。狂気が正気とされ、正気が狂気扱いされる

福島原発事故が明るみにしたもの---3・11ショックのどさくさ紛れの中で、「全てがあべこべ」の「見えない廃墟」の世界が出現したことにある。

しかし問題は私たちの側にもある。なぜなら、この悪夢のような出来事を前にして、「うそでしょう」「夢であって欲しい」と今なお茫然自失のショック状態にいるから。そのため今なおこの現実と対決することができず、引きこもり、さもなければオリンピックのお祭り騒ぎかという現実逃避の中にいる。子どもの命を守るためにはこの現実逃避から抜け出す必要がある。そのためにまず次の問いが必要となる――このあべこべの世界はなぜもたらされたのか。

「あべこべ」をもたらしたもの


                   ナオミ・クライン「ショック・ドクトリン」

「ショック・ドクトリン」(ナオミ・クライン)というメガネをかけてあべこべの世界を眺めると、311以後の「あべこべの世界」はショック・ドクトリンの正しい適用にすぎないと分かる。「ショック・ドクトリン」の原理は「危機のみが真の変革をもたらす」(山下俊一語録「ピンチはチャンス」)、それゆえひとたび危機が発生したら人々が茫然自失状態の間に一気呵成に「変革」を強行することが肝心で、この間に断固とした行動を取る機会を逸すれば、変革のチャンスは二度とやってこないと肝に銘じている。それが一方で、事故直後のどさくさ紛れに福島県のみ(!)学校安全基準の20倍引き上げの通知、ミスター100mSvの異名を持つ山下俊一発言と彼の設計による欺瞞的な福島県の県民健康調査、被害者の救済を原発周辺の住民に限定し、それ以外には徹底した自己責任(新自由主義)を押し付け、他方で、秘密保護法の成立、集団的自衛権の行使容認の閣議決定、安保関連法の成立、共謀罪の成立と戦争に突き進む、憲法違反を承知で強引な政治改革の実現――それは3・11前には考えられなかったような、火事場泥棒の法的クーデタと呼ぶほかない異常事態である。3・11以後の日本は国中が原発事故に翻弄された国難などではなくて、「ピンチはチャンス」の通り、原発事故という危機をここぞとばかりに、私たちが茫然自失のショック状態の間に、一気呵成に、原発事故前には不可能だった政治改革を実現した千載一遇のチャンスだった。

このストーリーはチェルノブイリ事故でも実行され、「チェルノブイリの犯罪」と呼ばれだ。311以後の日本も「福島の犯罪」と呼ぶのが相応しい。小説家カミュは「犯罪という猛烈な執念に対抗する術として、証言することへの執念のほか、この世に何があるだろうか」と言った。3・11以後の日本で、猛烈な執念で実行された「福島の犯罪」に対抗する術として、単にNO(「再稼動反対」「支援を打ち切るな」)と言うのでは足りない、「惨事便乗型政治改革」に代わる、積極的、ポジィティブな改革を言う必要がある。それが「これは犯罪であり、犯罪は正されなければならない」と証言することへの執念であり、これ以外に今の日本に何があるだろうか。この犯罪を正すこと、その最初の一歩が、原子力災害から私たちの命・健康・暮らしを守る世界最初の人権宣言である旧ソ連のチェルノブイリ法、その日本版を制定することにほかならない。



第2部 平和

3.11以後の課題
「全てがあべこべ」の「見えない廃墟」という未曾有の異常事態をただすこと。

→そのエッセンスはシンプル。「私たちの運命は私たちが決める」「おかした誤りは放置せず、ただす」


いかにして3.11以後の課題を実現するのか?――「もう一つのあべこべ」の可能性――

だが、日本社会が持ちうる最悪の要素の全てを露呈した311以後の「全てがあべこべ」の暗黒時代にそれは可能だろうか。

可能である。なぜなら、311以後に出現した「あべこべ」は生半可なものでなく、悪のあべこべだけでなく、政治を一握りの職業的専門家にお任せする「お任せ民主主義」から、アマチュアの市民が自ら統治する市民主導の参加型民主主義に交代する「もう1つのあべこべ」をも生み出したからである。それは《職業的専門家とアマチュアのあべこべの時代》をもたらし、311まで劇場の観客にすぎなかった市民が、311以後、みずから舞台に上り、政治、経済、科学技術、文化で発言するようになり、主役となろうとしたからである。これが市民主導で原子力災害から市民を守る立法=市民立法の基盤だ。


いかにして誕生したばかりの「もう一つのあべこべ」を育てるのか?

ただし、このあべこべは誕生したばかりで、これを育てるか枯らすかは私達市民の手にかかっている。そのためには過去に「市民立法」を実現してきた「希望の扉」を全て叩いて、扉を開け、希望の泉を汲み出し、芽をふいたばかりの私たちの取組みに注ぎ込む必要がある。公式の日本史に載らない、「希望の扉」が我が国に存在してきた、それも至るところに。市民の市民による市民のための市民立法「チェルノブイリ法日本版」のエッセンスは《今日の革命は参加という名前である》の言葉に詰め込まれている。NOでは足りない。3・11で被ばくした子どもたちを救えないようでは日本はおしまいだと絶望する前に私たちにまだやれることがある。私たちはミセン(未だ生きず)の中にいる。


「希望の扉」その1:チェルノブイリ法日本版は世界史の奇跡?

「世界の中に奇跡があるのではない。この世界があることが奇跡だ」←「この世界がある」には、これまで少なくとも3つの奇跡が含まれる。
①.生命の誕生   無生物の中から生物が誕生したこと。
②.普遍宗教の誕生 共同体(自己愛)の宗教の中から、調節的(他者愛)の普遍宗教が誕生。 
③.人権の誕生   人権抑圧の法体系の中から、人権(近代憲法)が誕生したこと。 

 チェルノブイリ法日本版は放射能災害に対する人類最初の人権宣言。


「希望の扉」その2:過去は変えられる?

 未来は変えられるか? 可能である。なぜなら過去は変えられるから。

 311以後、明らかになったこと→職業的専門家にお任せの「間接民主主義の機能不全・破綻」

 311以後の異常事態を是正する道、その可能性の中心は「もうひとつのあべこべ」として出現した「市民の自己統治」(直接民主主義・連帯経済)の中にある。そのために、私たちは「過去を変える」必要がある。
2016年来日したアレクシエービッチさんは言った「日本には抵抗の文化がない」

しかし、彼女は公式の日本史しか知らない。私達の過去には輝かしい抵抗の文化があり、埋もれている。

1872年 江藤新平らが、司法権の独立と民が官を裁く先進的な行政訴訟を作る。

 1954年、杉並の主婦から始まった水爆禁止署名運動


 1969年、歴史的な公害国会を引き出した東京都公害防止条例制定の市民運動

 1995年、霞ヶ浦再生を、市民型公共事業として取り組んだアサザ・プロジェクト

 1997年、市民主導で成立した最初の条約、対人地雷禁止条約の成立。 


 2017年、市民主導で成立した2番目の条約、核兵器禁止条約の成立。


次は我々の番だ。

2018年3月、チェルノブイリ法日本版制定を進める市民運動の市民団体として「市民が育てる『チェルノブイリ法日本版』の会」がスタート。

 次は日本各地で、NOではなく、YESという平和のアクションを起す、ベラルーシ出身の画家シャガールに倣って。

最初から失敗することがわかっているような冒険でも、そこがパリであれば、

冒険を冒す価値がある。それがパリだ。

2018.12.22)
 

2018年12月22日土曜日

【お知らせ】12月22日光塾講演会:市民立法「チェルノブイリ法日本版」学習会 「戦争と平和――NOでは足りない、YESを言い、実行する必要がある――」

光塾で、今月22日(土)に、以下のスケジュールで市民立法「チェルノブイリ法日本版」の学習会を行います。
311からまもなく8年が経過。
私たちは、311直後のアクションを単に持続するのではなく、そこからもう一歩前に進む必要がある。
この間の振り返りの中から、新しい再出発を願っている方に向けて、以下のテーマ「戦争と平和。NOでは足りない――YESを、積極的に平和を創り出す必要がある」(そのレジメは末尾)について報告します。




第1部、戦争
 私たちは放射能を忘れたがっている。しかし、放射能は忘れさせてくれない。
 放射能の>いつも変わらぬ無言のシグナルは
 ――ユルユルと、ボケっと生きてんじゃねえよ!

第2部、平和
 平和は歌を歌って実現するものでも、ハトや虹の絵を描いて実現するものでもない。
 そのためには、実現可能な明確なビジョンをつかみ、これを実行する必要がある。
 それが「平和を再定義すること」、平和に向けて持続可能な現実的なビジョンを持つこと。
311後の私たちに残されていること
 ――311原発事故後の「福島の犯罪」をただし、命の救済を現実化、具体化すること、
 それが、市民立法によるチェルノブイリ法日本版の制定。

(※)世界で最初の市民立法の条約(対人地雷禁止条約)を成立させた市民団体「地雷禁止国際キャンペーン」のメンバー。
 

 日時:2018年12月22日(土) 13:00~ (開場12:30) 
 会場:光塾公式サイト)   
     東京都渋谷区渋谷3-27-15 光和ビル地下1階
    (JR渋谷駅新南口すぐ マクドナルド向かい->地図)    
 演題: 市民立法「チェルノブイリ法日本版」学習会
       戦争と平和――NOでは足りない、YESを言い、実行する必要がある――
◆ 講師:柳原敏夫(市民が育てる「チェルノブイリ法日本版」の会・共同代表)
◆ スケジュール
  柳原の話    13時~15時
  質問タイム   15時~15時半
  交流会     15時45分~17時
 参加費 無料(福島原発事故の避難者の方には交通費補助あり〔上限2千円〕)
 主催:脱被ばく実現ネット(旧ふくしま集団疎開裁判の会) 
     問い合わせ先 090-8494-3856(岡田)

        **************

戦争と平和(=命最優先の復興)
NO
では足りない――YESを、積極的に平和を創り出す必要がある

                                              柳原敏夫
自主避難者の人の言葉

それは――3・11以来、百戦百敗、ずっと負け続けてきた。なぜ負け続けているのか。その訳は私たちが旧態依然の発想しかできず、3・11以後の現実に追いついていないからではないか。


福島原発事故が明るみにしたもの

3・11原発事故が突きつけたもの――それは子どもの命・人権を守るはずの文科省や医学者が20mSv通知や「放射線の影響はニコニコ笑ってる人には来ません。クヨクヨしてる人に来ます

」等発言で「日本最大の児童虐待・最悪のいじめ」の張本人となり、加害責任を負う政府が救済者のつらをして、命の「復興」は口を閉ざし、経済の「復興」に狂騒し、汚染地の被害者は「助けてくれ」という声すらあげられず、経済的「復興」の妨害者として迫害され、密猟者が狩場の番人を、盗人が警察官を演じる。狂気が正気の振りをし、正気が狂気扱いされている。3・11ショックのどさくさ紛れの中で、「全てがあべこべ」の「見えない廃墟」の世界が出現したことにある。

しかし問題はむしろ私たちの側にある。なぜなら、この悪夢のような出来事を前にして、「うそでしょう」「夢であって欲しい」と今なお茫然自失のショック状態にいるからある。そのため今なおこの現実と対決することができず、引きこもりかオリンピックのお祭り騒ぎかという現実逃避の中にいる。子どもの命を守るためにはこの現実逃避から抜け出す必要がある。そのためにまず次の問いが必要となる――このあべこべの世界はなぜもたらされたのか。


「あべこべ」をもたらしたもの
 
「ショック・ドクトリン」(ナオミ・クライン)というメガネをかけてあべこべの世界を眺めると、3・11以後の「あべこべの世界」はショック・ドクトリンの正しい適用にすぎないと分かる。「ショック・ドクトリン」の原理は「危機のみが真の変革をもたらす」(山下俊一語録「ピンチはチャンス」)、それゆえひとたび危機が発生したら人々が茫然自失状態の間に一気呵成に「変革」を強行することが肝心で、この間に断固とした行動を取る機会を逸すれば、変革のチャンスは二度とやってこないと肝に銘じている。それが一方で、事故直後のどさくさ紛れに福島県のみ(!)学校安全基準の20倍引き上げの通知、ミスター100mSvの異名を持つ山下俊一発言と彼の設計による欺瞞的な福島県の県民健康調査、被害者の救済を原発周辺の住民に限定し、それ以外には徹底した自己責任(新自由主義)を押し付け、他方で、秘密保護法の成立、集団的自衛権の行使容認の閣議決定、安保関連法の成立、共謀罪の成立と戦争に突き進む、憲法違反を承知で強引な政治改革の実現――それは3・11前には考えられなかったような、火事場泥棒の法的クーデタと呼ぶほかない異常事態である。3・11以後の日本は国中が原発事故に翻弄された国難などではなくて、「ピンチはチャンス」の通り、原発事故という危機をここぞとばかりに、私たちが茫然自失のショック状態の間に、一気呵成に、原発事故前には不可能だった政治改革を実現した千載一遇のチャンスだった。

このストーリーはチェルノブイリ事故でも実行され、「チェルノブイリの犯罪」と呼ばれだ。3・11以後の日本も「福島の犯罪」と呼ぶのが相応しい。小説家カミュは「犯罪という猛烈な執念に対抗する術として、証言することへの執念のほか、この世に何があるだろうか」と言った。3・11以後の日本で、猛烈な執念で実行された「福島の犯罪」に対抗する術として、単にNO(「再稼動反対」「支援を打ち切るな」)と言うのでは足りない、「惨事便乗型政治改革」に代わる、積極的、ポジィティブな改革を言う必要がある。それが「これは犯罪であり、犯罪は正されなければならない」と証言することへの執念であり、これ以外に今の日本に何があるだろうか。この犯罪を正すこと、その最初の一歩が、原子力災害から私たちの命・健康・暮らしを守る世界最初の人権宣言である旧ソ連のチェルノブイリ法、その日本版を制定することにほかならない。


「もう一つのあべこべ」の可能性

だが、日本社会が持ちうる最悪の要素の全てを露呈した3・11以後の「全てがあべこべ」の暗黒時代にそれは可能だろうか。可能である。なぜなら、3・11以後に出現した「あべこべ」は生半可なものでなく、悪のあべこべだけでなく、政治を一握りの職業的専門家にお任せする「お任せ民主主義」から、アマチュアの市民が自ら統治する市民主導の参加型民主主義に交代する「もう1つのあべこべ」をも生み出したからである。それは《職業的専門家とアマチュアのあべこべの時代》をもたらし、3・11まで劇場の観客にすぎなかった市民が、3・11以後、みずから舞台に上り、政治、経済、科学技術、文化で発言するようになり、主役となろうとしたからである。これが市民主導で原子力災害から市民を守る立法=市民立法の基盤だ。

ただし、このあべこべは誕生したばかりで、これを育てるか枯らすかは私達市民の手にかかっている。そのためには過去に「市民立法」を実現してきた「希望の扉」を全て叩いて、扉を開け、希望の泉を汲み出し、芽をふいたばかりの私たちの取組みに注ぎ込む必要がある。公式の日本史に載らない、「希望の扉」が我が国に存在してきた、それも至るところに。市民の市民による市民のための市民立法「チェルノブイリ法日本版」のエッセンスは《今日の革命は参加という名前である》の言葉に詰め込まれている。NOでは足りない。3・11で被ばくした子どもたちを救えないようでは日本はおしまいだと絶望する前に私たちにまだやれることがある。私たちはミセン(未だ生きず)の中にいる。

2018.12.2)

2018年12月21日金曜日

2018.12.11 子ども脱被ばく裁判 山下発言を追及する! 原告の陳述に鳴り止まぬ拍手!

12月11日、福島地裁において、だい17回子ども脱被ばく裁判口頭弁論が行われました。またそれに先立ち、裁判前学習会も行われました。

福島地裁前でのアピール

今回は原告側の証拠として、「笑っている人には放射能はこない」「どんどん外で遊んでください」「マスクもいらない」などと、およそ医者としても人道からも劣る犯罪的発言をした山下俊一(福島県放射線健康リスク管理アドバイザー)のその発言ビデオの上映を行い、裁判の場で山下俊一の発言の犯罪性が明らかになりました。
 また、原告の陳述が多くの人の胸をうち、拍手が鳴り止まなかったとのことです。
動画および、参加者の感想をごらんください。
 裁判の準備書面もぜひ、ごらんください。

NEW!
  原告意見陳述を追加します。
 PDFはこちら↓
   ★意見陳述書★
 冒頭部分抜粋
 本日貴重な機会をいただきありがとうございます。
実は、弁護士よりこの意見陳述書を作成するよう言われてからというもの、
あの時のことを考え始めると涙が止まらなくなってしまい、パソコンに向かっ
ても全く手を進めることができませんでした。事故から7 年経った今も、自分
の心の中には、こんなにも根深くあの時の苦しみや悲しみ、また避難してから
の歳月の中での喪失感や虚無感があるということを改めて認識しました。とり
わけ、今日という日が近づくにつれ、無気力な気持ちが募り、生活や仕事が手
につかない状況になっています。「もう7 年も経ったのに、なぜこんなに悲し
くなるのか」と自分でもわかりません。ただ悲しいのです。そしてこんな自分
たちにした東京電力と、それを擁護してきた国、支える学者たちが、今もぬく
ぬくと以前と変わらぬ生活をしているのかと思うと、さらに悲しみが増すので
す。
この悲しみは癒えることも消えることもありません。私たち福島県民は、「被
災者」であり「人的ミスによる被害者」です。この裁判において、皆様にはそ
のことを片時も忘れていただきませぬよう、切にお願い申し上げます。ー

 以上 12月11日 原告陳述冒頭抜粋(全文はPDFをごらんください

こちらは動画です。
子ども脱被ばく裁判の歩み」弁護団長井戸弁護士の話①
https://www.youtube.com/watch?v=r8e2LjwoWW8

井戸弁護士の話② 
https://www.youtube.com/watch?v=uidGxhsZcbE

井戸弁護士の話③河野益近先生「不溶性放射性微粒子のについて」 
https://www.youtube.com/watch?v=F8sfa75Zj2o

質疑応答
https://youtu.be/eA2uW_QCLeQ

田辺弁護士の話「なぜ学校が再開したのか」 
https://www.youtube.com/watch?v=6Nw-kB864QQ

記者会見 意見陳述者の感想、山下講演DVDについて 
https://www.youtube.com/watch?v=b75lsrPGCLk

記者会見後の意見交換 
https://www.youtube.com/watch?v=A5afPq0SduQ


原告団と弁護団の皆さん

 井戸弁護団長

裁判支援者から送られた寄せ書き








弁護団報告↓


参加者感想ーーーーーーー

☆圧巻の第17回子ども脱被ばく裁判陳述。    宮口高枝

原告(Mさん)の陳述、圧巻でした!
被告席の、各自治体、国、県の代理人たちは、
彼女の絞り出した血のにじむような言葉に、
少しずつ、少しずつ頭を垂れて、目は伏し目になって行き、
それはもう、あの「日光の猿軍団の猿が反省!」しているような
様子を思い浮かべるほどだった。
若い彼等代理人たちの殆どが、傍聴人たちが部屋を立ち去るまで、
なかなか廊下に出なかったのは、何か思う所があったのだろうか?

彼女の陳述の言葉は、彼等の心を突き動かしたのではと思った!

原告の陳述の言葉に、私たち支援者も感動し、涙していました。
それは、あの、山下俊一の講演ビデオから流れた、暴言の数々、
「100mシーベルトは大丈夫、マスクは必要ない、
洗濯物は外に干しても大丈夫、外で遊んでも大丈夫、
ニコニコ笑っていれば放射能は怖くない」など、
あまりの妄言、確信犯の言葉、悪魔の言葉の後の陳述だったから、
なおの事心にしみました。

原発が爆発して、放射能が降りそそぐ恐怖の中、子供たちを被ばくさせてはならない
親たちの強い思い、避難先を見つける苦難と、避難先での子どもへのいじめ、
そして、経済のために、かぎっ子にして仕事に出なければならなかった、
「お母さんは私が必要としていた時、家にいなかった!」と
子どもに言われるつらさ・・・。

原告達の心の葛藤、今も抱える癒えない苦しみは、証言の節々であらわになった。

陳述する事が、如何に勇気が必要か手に取るように感じた。
そのようなことを克服して陳述した彼女の素晴らしい精神力を、
支援者として共有し、今後も一緒に考え、行動し、
裁判を支援しようと決意し直した意義深い傍聴だった!


☆感想

ずっと気になりながらも 中々参加出来なかったのですが

漸く 今回 応援の仲間に入れて頂きました。



Mさんの、陳述に込められた思いに 胸がいっぱいになり

加害者への怒りを改めて強くしました。

全国から(ニューヨークからも)の皆さんの 連帯感も素晴らしく、

絶対諦めない力強い闘いの一歩が  又踏み出された印象です。


繋いだ手を離さず これからも 声を上げ続けて行きましょう!       そらのますみ



今後の裁判予定(口頭弁論期日)です。ぜひ皆様のご参加をお待ちしています!!



第18回 平成31年2月20日(水) 午後2時30分から口頭弁論

第19回 平成31年5月15日(水) 午後2時30分から口頭弁論