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2023年4月29日土曜日

2023年 5月5日(金・祝) 落合栄一郎氏 講演 再度決定 放射能がなぜ危険なのか考えましょう!

  皆様へ

先日落合栄一郎氏の体調不良による帰国延期で中止となった氏の講演会を

5月5日の祝日に急遽行うことが決定いたしました。

以下のチラシをご覧ください。

皆様、この貴重な機会にぜひお越しください。

5月5日(金・祝) 13時30分より16時 予約制

白金台いきいきプラザ 集会室B

108-0071 東京都港区白金台4-8-

地下鉄南北線・三田線 白金台駅 1番出口 徒歩1

申し込み先 岡田 toshiko_english@xf7.so-net.ne.jp  090-8494-3856



ちらしPDFはこちらから↓


2023年4月25日火曜日

4月23日、 ★「NEWS FROM FUKUSHIMA」詩人による過小報道された大惨事についての思い★ 開催しました!

4月23日、


NEWS FROM FUKUSHIMA

         詩人による過小報道された大惨事についての思い


が行われました。

 参加された皆様、ありがとうございました!




なお、当日の1部・FUKUSHIMA.... の映像録画はありません。
主催者挨拶のあと、続いて2部の録画になっています。


********


 

影山ゆうりさん(詩人・劇作家・ジャーナリスト)と多胡由章映画監督による

演劇を映像化した作品・世界に認められ数々の賞を得た映像を上映 

 

映像と詩と音楽で伝える福島原発の大惨事 

 

日時423日(日) 1330分~16時(開場13時)

場所:港区男女平等参画センター・リーブラホール

企画・主催: 劣化ウラン廃絶みなとネットワーク/脱被ばく実現ネット

 

1部   

NEWS FROM FUKUSHIMA Meditation on an Under-Reported Catastrophe by a Poet 

  ★福島からのニュース  詩人による過小報道された大惨事についての思い★

      影山優理さんの挨拶 (上映75分) 映画は日本語字幕付き       

      上映後 影山さんと多胡映画監督のお話

 

2部 

怒りと悲しみを 詩と音楽で 愛と希望へ ❤

 

  詩と音楽:詩(影山優理)、ピアノ(山﨑修隆)、ギター(朝田 英之)、歌手(tea)、ベース(時枝 弘)、

ドラム(安齋拓磨)他 演奏者とのコラボ

 

★カゲヤマユウリ(影山優理)は日本生まれアメリカ育ちの詩人、ものかき、ジャーナリスト、ビデオ作家。

著書には THE NEW AND SELECTED YURI (Ishmael Reed Publishing Co.) 他多くの文芸雑誌や文集に掲載。

 

★多胡由章監督は映画「サバイサバイ」「夜の底で魚になる」「レジを打つ女」「ワーストコンタクト」

他、「アトムの童」などテレビ番組も数多く手掛ける。小津安二郎記念蓼科高原映画祭受賞。

日本映画大学卒。大林宣彦、三池崇史、村上隆、手塚眞とコラボ。



*********
















映像制作者・影山ゆうりさんは、○
○通信記者であり
詩人、劇作家という肩書通り、3,11のあの大事故を取材、
歴史的な女性への根強い差別を意識し分析された表現で
見る者を圧倒しました。
特に男性たちは、女性への差別の歴史的な事実に対して
現在は女性活躍社会を政権が押し出すために、普段は無意識の
差別意識に戸惑い表立った反発もできないもどかしさが
あったのではないかと思います。

後半に展開される大事故の現状、事故を起こした人間、
政治の罪深さを再認識させられ、そのままにさせてはいけないのだと
ピンを刺されたように感じました。

今、何事もなかったかのように原発の新増設へと舵を切る現政治の姿勢を
大事故への懺悔と反省をえぐりだし、希望に変えるには何が足りないか?
考えさせられる作品でした。
心のうちから絞り出すような痛みをにも圧倒され、後半には盆踊りの映像が
福島のおびただしいフレコンバックの積み重なる映像と重なって、罪深さと、
ほっとする気持ちになるのはなぜでしょう。
悲しみも、怒りも、恐ろしさもすべて飲み込んで、相馬盆踊り、盆踊りは
希望でもあり、悲しみや怒り、恐ろしさの思いを癒す日本人の文化でしょうか。
太鼓の音、リズムが忘れるな、わすれるなと体に響き、そして力が湧いてきました。

 

2023年4月23日日曜日

20230419 ★ 官邸前抗議行動 ★  日時 : 4月19日(水)

 皆様、恒例の官邸前抗議行動が4月19日に行われました。

*******

★ 官邸前抗議行動 ★

 日時  :  4月19() 19:15~20:00

 主催 :  脱被ばく実現ネット

 

子どもを被ばくから守ろう!家族も自分も!

フクシマは終わっていない!

東電と政府は被災者に謝罪と充分な補償を!

放射能汚染水の海洋放出反対!

脱炭素を口実にした原発推進を許さない!

老朽原発の運転延長反対!

新増設はもってのほか! 

世界のどこにも原発いらない!

「子ども脱被ばく裁判」&「311子ども甲状腺がん裁判」のご支援をお願いします。

******

ご参加くださった皆様、発言してくださった皆様、

ありがとうございました!

総がかり行動に参加の皆さんも立ち寄って下さり、30名近くの方と一緒に抗議の声を上げました。
チラシ配布などバタバタしていたのでスピーチをして下さった7〜8人の方全員の写真を撮れなかったのが残念。














官邸前抗議行動お疲れさまでした。
 
まだ、4月なのに初夏のような気温でしたが夜になると
やはり肌寒さを感じる中、官邸前で抗議行動を開催しました。
 
マイクを握り呼びかけを始めた時、メンバー以外は2人と少なかっが、
マイクリレーしながら訴えていると、衆議院会館前の総掛かり行動に
参加した人々が1人またひとりと信号を渡って参加下さいました。
持参した5月21日の新宿デモチラシ配布にありがとう!と礼を言って
受け取ってくださる方もいて、官邸前は最終的に28名ほどの参加になり、
マイクも9人の方が訴え、ギターを弾いて参加くださいました!
 
今日訴えてくださった方々の声を聴きながら、国会開催中で、
原発の新増設への大転換政策、GX推進束ね法案や
入管法の改悪など、どれも民意を聞くべき問題なのに、
国会軽視の閣議決定してしまう。
マスコミのもう決まったような報道の取り上げ方などへの弱腰や、
戦争への道を進む政府への怒り声、発言内容で誰もがこれまでにない
真剣な声のトーンを感じました。
 
それは集会の後半、警察官の数がどっと増え訴えている私たちを取り囲んだ直後、
黒塗りの車が官邸に向かって進んでいく時にハッキリしました。
参加者の一人が訴えていたが、誰ともなく「帰れ!帰れ!」と叫ぶ
シュプレッヒコールになったのでした。
 
戦争への道に加担しないためにも声を上げ続け、
行動しかないと感じる出来事でした。

カンパをくださった皆様、ありがとうございました!

(M)

2023年4月11日火曜日

4.23(日)イベント「NEWS FROM FUKUSHIMA」  映像と詩と音楽で伝える福島原発の大惨事 海外で数々の賞を得た作品の上映

   4.23(日)「NEWS FROM FUKUSHIMA

     詩人による過小報道された大惨事についての思い

 

影山ゆうりさん(詩人・劇作家・ジャーナリスト)と多胡由章映画監督による

演劇を映像化した作品・世界に認められ数々の賞を得た映像を上映 

http://yurikageyama.com/meditation/

 

映像と詩と音楽で伝える福島原発の大惨事  

 

日時:423日(日) 1330分~16時(開場13時)

場所:港区男女平等参画センター・リーブラホール

(パーク芝浦港南センター1階 JR田町駅徒歩5分)

資料代:500

  企画・主催: 劣化ウラン廃絶みなとネットワーク/脱被ばく実現ネット

 



1部 影山さんの挨拶

NEWS FROM FUKUSHIMA Meditation on an Under-Reported Catastrophe by a Poet 

    (上映75分)映画は日本語字幕付き       

  上映後 影山さんと多胡映画監督のお話

 

2部 怒りと悲しみを 詩と音楽で愛と希望へ ❤

   詩と音楽:ピアノ(山﨑修隆)、ギター(朝田 英之)、歌手(Tea)、ベース(時枝 弘)、ドラム、他 演奏者とのコラボ

 

 

カゲヤマユウリ(影山優理)は日本生まれアメリカ育ちの詩人、ものかき、ジャーナリスト、ビデオ作家。

著書には THE NEW AND SELECTED YURI (Ishmael Reed Publishing Co.) 他多くの文芸雑誌や文集に掲載。

 

多胡由章監督は映画「サバイサバイ」「夜の底で魚になる」「レジを打つ女」「ワーストコンタクト」

   他、「アトムの童」などテレビ番組も数多く手掛ける。小津安二郎記念蓼科高原映画祭受賞。

日本映画大学卒。大林宣彦、三池崇史、村上隆、手塚眞とコラボ。

 

連絡先:080-5083—8640(宮口) 090-8494—3856(岡田)

2023年4月8日土曜日

【報告】3.27子ども脱被ばく裁判控訴審(仙台高裁)第6回弁論

   横断幕を持つ向かって左端が、当日、意見陳述をした控訴人の長谷川克己さん。

去る3月27日(月)、子ども脱被ばく裁判の控訴審(仙台高裁)第6回弁論が開かれました。この日の控訴人の提出書面は、

・ 準備書面(11)(SPEEDI問題等について)

準備書面(12)(これまでの主張の整理・自己決定権について)

次回期日は7月31日(月)午後3時。

この日、控訴人の最後の意見陳述の機会という積りで、郡山市から静岡県富士宮市に家族避難した長谷川克己さんが意見陳述をしました。これを聴いた傍聴人の人たちは一生忘れられない訴えとして記憶に刻まれたと思います。ライブで伝えられず、残念でなりません。

長谷川さんの意見陳述原稿(全文)->こちら


2回前の、昨年9月12日の期日で、原告らが切望した「子ども人権裁判と親子裁判の分離」が認められました。これを受けて次回期日で、親子裁判の証人尋問を行うか否か、誰を証人とするのかが明らかにされる予定でしたが、次回の11月14日、裁判所は証人尋問申請をすべて却下し、控訴人に次回までに主張の整理を指示しました。これを受け、弁護団は、3月27日で弁論が終結されるものと考え、なおかつ、今年2月1日には子ども人権裁判で不当な判決を受けたという流れの中で主張の整理を準備しました。

しかし、思ってもいなかったことが起きました。それはこの日、裁判所が審理を終結せず次回続行を決め、さらには、次回期日で審理を終結するとも明言しなかったのです。

また、それまで気がつかなかったことが判明しました。それは、2月1日の子ども人権裁判判決の15頁(ア)で、次の部分は「削る」と書かれていたこと。


 それは「原告らが通う学校の保健安全に関して、被告基礎自治体(福島市や郡山市など)の裁量権がある」 という部分を除く、ということ。
つまり裁判所は、原告らが通う学校の保健安全に関して行政府の裁量権を認めなかった。
これは、我々が明治以来150年間、行政府の横暴のツールとして濫用されてきた「行政裁量」を否定した画期的なもの。その詳細は
->学習会「子ども人権裁判判決の読み解き」の動画参照。

 さらに、この日の最大の眼目は、弁護団が本裁判で初めて本格的に主張した「自己決定権」という人権。

これについて、以下は、裁判後の報告会で、 弁護団のコメント。その詳細は->本日の裁判報告の動画参照。

井戸謙一
今まで主張してきたことをもう一度整理しなおした。 その中で、自己決定権を強く打ち出した。‥‥準備書面12は、全体の主張を改めて整理し直したものですけれど、どういう権利が侵害されたのかという点で、従前から主張してきた無用な被ばくをさせられない権利、それと被災者の知る権利を主張していたのですが、被災者の知る権利とはどこから来るのであろうか、と考えた末、自己決定権に至った。 災害に遭った時、どうやって、自分や家族を守るのか、例えば、火山の噴火で火砕流が来たら、逃げるほかないです。でも、放射能の被害と言うのは、いろんな解釈がある中で、被ばくから自分や家族を守るにはどうしたらいいのか、自分で決定することが大事だが、そのために、行政から正確な情報を受け取る、行政は正確の情報を迅速に提供する任務がある、ところが国も県も市町村も果たさなかった。原発事故時に適切な対応、判断するための情報が提供されなかった。それが自己決定権の侵害なのだ、被災者の知る権利もその中に包摂されるのだと位置づけ直して主張したとご理解いただきたい。

柳原敏夫
今、井戸弁護士がおっしゃった自己決定権というのは、弁護団会議でも、時間が経つほどに大きくなってきまして、最初はなんかおかしいよなと言う感じだったのですが、ただ、それにぴったりする権利、人権が日本の憲法に書いてなくて、モヤモヤした気持ちをずーっとこの間抱いていたのですが、やっと、この1,2年、本当に自分たちがどうしたいか、自分が納得して決定するために必要な情報を専門家や自治体が提供するって、これは本当に大事な責務ではないか、私たちにとって、最も大事な権利ではないか、憲法とか条文には書いていないのだけれど、そういう思いを弁護団は共有するようになって、ある段階から思い切って、この問題を正面から取り上げようとなった、殆ど火山が噴火するような感じで、これを言わずになにを言うかみたいになった。 山下発言の犯罪的なところは、長谷川さんもそうだったのですが、自分が避難したいと思った時、必要な情報をそこからは全然得られなかった。逆にまやかしと言うのか、惑わされて、人々の自己決定権を奪った。自己決定権を侵害した点から、彼の責任の重さを追及した。

光前幸一
最近の裁判所では自己決定権の問題が広くとりあげられ、私たちも議論してきた。今日井戸さんの要旨の中にもあったのですが、国際人権規約第1条、つまり1丁目1番地にこういうことが書かれている。「すべての人民は、自決の権利を有す。この権利に基づきすべての人民は、その政治的地位を自由に決定し、並びにその経済的、社会的、文化的発展を自由に追求する」これが1条なんです。 国際人権規約が言う人権の根本は、その人に選択の権利を与える、自分がどう生きていくか、自決の権利を一番重視しているのです。それで、今回の書面は自己決定権をベースに書いていきました。

また、本日の裁判とその5日前に開かれた避難者住まいの権利裁判の弁論の読み解きをおこなった裁判報告会は以下。
【報告】4.2狐につままれた2つの福島関連裁判(子ども脱被ばく裁判・避難者住まいの権利裁判)の最新状況の報告

以下、裁判前と裁判後の学習会や報告会の動画です。

裁判前

 学習会「子ども人権裁判判決の読み解き」


 学習会 質疑・本日の争点 

 

仙台高等裁判所を囲みスタンディング・入廷行進



裁判後 

本日の裁判のふりかえり 弁護団から


質疑応答・原告から・歌と演奏




 

2023年4月6日木曜日

【報告】4.2狐につままれた2つの福島関連裁判(子ども脱被ばく裁判・避難者住まいの権利裁判)の最新状況の報告

 子ども脱被ばく裁判&避難者住まいの権利裁判 弁護団 柳原敏夫


4月2日(日)渋谷光塾にて、予定通り、以下の裁判の最新報告会をやりました。
「狐につままれた2つの福島関連裁判(子ども脱被ばく裁判・避難者住まいの権利裁判)の最新情報を読み解く報告会」

数日前に急遽企画されたものでしたが、当日、20数名の熱心な市民が参加され、沢山の質問と感想を頂き、貴重な交流が出来ました。

報告の内容は、予告した以下について述べたものです。
1.子ども脱被ばく裁判
(1)、
「2月1日の子ども人権裁判の原告全面敗訴判決文に、今まで気がつかず、思ってもみなかったビックリするような内容が刻まれていた」その詳細と意義について
(2)、「
3月27日の第5回弁論で、想定しなかったような展開」の 詳細とその意義について。
2、住まいの権利裁判
「3月22日の第4回目の弁論で、私自身かつて経験したことのない、同時にそれまで想定していなかった、突然変異とも思える出来事」の詳細とその意義について。

以下、当日のプレゼン資料(但し、その後加筆したもの)と動画です。

プレゼン資料(その全文のPDFは->こちら


動画(以下はいずれも
maruo yukifumiさん撮影の動画をご了解のうえ使わせて頂きました。彼のアーカイブはー>こちら

その1(冒頭7分は脱被ばく実現ネットの岡田俊子さんの挨拶)



その2


その3


その4


その5


2023年4月5日水曜日

追悼・坂本龍一さん(2023年4月4日)

                              2023年4月4日
                              脱被ばく実現ネット

坂本龍一さんは、
福島原発事故は国難であり、
汚染地の子どもたちの避難は国家的事業であることを
誰よりも理解していた一人として、この国家的事業の実行を求める「ふくしま集団疎開裁判」に無条件で賛同しました(1)。

坂本龍一さんは、
「ふくしま集団疎開裁判」勝利とこの国家的事業実現を求める新宿デモに何度も呼びかけ人、賛同人となり、以下の賛同メッセージを寄せてくれました(2)。
被曝から身を守ること、特に子供たちを被曝から守ることは、人間としての最低の権利です。

 
しかし、坂本龍一さんが願った、人間としての最低の権利である「被ばくしない権利」は未だ実現せず、
その権利実現に向けての過程で、彼は志なかばにして逝きました、

私たちは坂本龍一さんが生前、私たちのアクションに寄せてくれた惜しみない激励、協力に深く感謝し、
亡くなる最後の最後まで、人間らしく生きる希望を求めてやまなかった坂本龍一さんの遺志を継ぎ、私たちもまた、いかなる暗黒が行く手をさえぎろうとも、人間としての最低の権利である「被ばくしない権利」を実現するまで取り組みをやめないという決意を新たにし、
この決意を彼の霊に捧げたいと思います。

 

1)ブックレット「いま子どもたちがあぶない」裏表紙


2

原発事故から5年 福島も関東も危ない! 放射能から 子どもを守ろう! 2016.3.5(土)新宿デモ

第7回新宿デモ :2016年10月22日(土)

2017.11.11(土) 第9回新宿デモ 子どもを被ばくから守ろう! 家族も、自分も!

  ***************************

以下は、脱被ばく実現ネットのメンバー一人一人の坂本龍一さんへの追悼文です。

救世主&朋輩 坂本龍一

柳原敏夫

私が初めて社会的な裁判に関わったのは2005年5月、新潟県上越市で、元農水省の研究機関が、日本で最初の遺伝子組換え稲の野外実験を、地元農民・市民の猛反対を押し切り強行しようとしたので、実験中止を求めて裁判に訴えた時だった。遺伝子組換え作物の危険性を正面から問う、日本で最初の裁判だった(禁断の科学裁判)。だから経験者もゼロ、先例もゼロ。バイオのバの字も知らない癖に、うかつにも「やります」と手を挙げたため、田植えまでの2週間までに訴状を作成することが私の至上命題となった。誰の目にも不可能は明らかだった。ところがその窮状を前にして救世主が現れた。それが坂本龍一さんだった。窮状に見かねた彼は
「よかったら知り合いの分子生物学者の方を紹介します」
と申し出てくれた。地獄で仏に会うとはこのことかとお願いした。その仏が福岡伸一さんだった。福岡さんの鮮やかな手ほどき、指導で、約束の田植え前に訴状を完成でき、裁判がスタートできた。これが私のライフワーク(バイオテクノロジー批判)のスタートを切れた瞬間だった。

そのとき、福岡さんは私を引き合わせた坂本さんにこう尋ねた。
「ところで、坂本さんと柳原さんとの接点はどこにあるのでしょうか?」

坂本さん曰く、

「さて、接点は、、、、接点は柄谷行人という人ですね~。」

 坂本さんと私が知り合ったのはそこからさかのぼること6年前。1999年の或る日、「著作権&リーガルクリエーター」という私のHPを見たといって坂本さんからいきなりメールが来た。そこには「プロフィールを拝見しました。かなり変わった経歴の方だと思いました」旨が書かれていた。私もまた、見も知らない人間にそんなメールを送りつける彼をかなり変わった人だと思った。

当時、私は自分の仕事に飽き飽きしていて、ベンゴシとかいった手垢にまみれた何のインパクトも励ましも与えない言葉に代えて、リーガルクリエーターといった別の言葉で自分の仕事を再定義しようと考えていた。奇しくも坂本さんも、アーティストという手垢にまみれた言葉に代えて、インディーズ、アソシエーション、協同組合といった別の言葉で自分の仕事を再定義しようと考えていた。

ちょうどその頃、思いがけない事態が発生した。それが雑誌「群像」99年4月号に載った柄谷行人「トランスクリティーク」最終章だった。それを読み、私は、それまでのように、著作権法の欺瞞性を単に笑うのではなく、著作権法が陥っている病理現象を根本的に克服する理論的な方向性を見出した。それが生産‐消費協同組合を中核とする、クリエーターに開かれた著作権システムの構築だった。

具体的には、当時、柄谷さんが提案した生産協同組合(著者と編集者たちのアソシエーション)をめざした出版社「批評空間社」の設立だった。私がその設立手続を担当し、坂本さんがその協同組合員として参加した。ちょうどその頃、柄谷さんは「交換様式」という観点から新しい市民運動「ニュー・アソシエーショニスト・ムーブメント(NAM)」を提唱し、そこに坂本さんも参加。私も協同組合の法律部門の担当者として朽木水のペンネームで参加した。坂本さんが朽木水が私だと知った時のことは今でも鮮明に覚えている。ビックリした彼はさっと手を差し出し、私の手をがっちり固く握りしめた。このときの彼の子どものようなはしゃぎようと手のぬくもり。それは彼が私にくれた最高のプレゼントだった。