告知

告知  ★①新宿駅東口駅前広場 街頭宣伝10月10日(土)14時~14時45分 ★②波打ち際に足跡を残す」自主上映会&『311子ども甲状腺がん裁判』弁護団からの「甲状腺検査の現状解説」日時:10月17日(土)14時30分(開場)15時(開始)~17時 ★③官邸前抗議 10月19日(月)17時30分~18時15分  ★④新宿デモ 11月14日(土)場所:JR新宿駅東口駅前広場 13時~集会 14時デモスタート

2019年3月18日月曜日

【報告】3月17日、市民が育てる「チェルノブイリ法日本版」の会 結成1周年記念講演

◎3月29日毎日新聞夕刊の特集で報道されました(そのネット上の会員限定記事ー>こちら)

市民が育てる「チェルノブイリ法日本版」の会 結成1周年記念講演
「原発事故ー汚染地の現実と命の救済」

会場風景

第一部
以下の講演と交流会を開催しました。
白石 草さん「原発事故から8年目の子どもたちの健康」
柳原 敏夫さん「3.11ショックに対抗するーNOでは足りない、YESを創り出そう」

◆「原発事故から8年目の子どもたちの健康」白石 草さん
(動画)



◆「3.11ショックに対抗するーNOでは足りない、YESを創り出そう」柳原 敏夫さん
(動画)




◆講演者によるパネルディスカッション
(動画)



第二部 「3.11東北・関東 放射能汚染からの避難者と仲間たち」から報告
(動画)

 


■ 参加した方々から寄せられた感想や意見
 参加者Aさん:
白石さん、柳原さんのお話を連続して聴ける事で子どもの被ばく、和多志たちの被ばくと、
チェルノブイリ法制定の意義がしっかり繋がる素晴らしい構成でした。
それに、避難者の方のお話をリアルに伺う機会というのは普段なかなかないですし、参加者の方々に事故被害が今も収束していない事をしっかり感じて頂けたと思います。
 
  参加者Bさん:
放射能・放射線の影響の大きさとそのデータの隠蔽と矮小化を謀る統治権力の犯罪行為について、改めて思い知らされました。
この国の悪辣極まる政権を早期に退陣させなければ、原発被害者も普通の庶民も安全・安心な生活などできるはずはありません。
どうすれば、世論がまともな判断をするのか、その辺りの運動の在り方が課題です。
 
  参加者Cさん:
浪江町でもチェリノブエリの会を行って欲しいです‼
浪江町来る御用学者の安心。安全は信用出来ないからである‼
お願いします‼️
 
  参加者Dさん:
今日は「脱被ばく実現ネット」主催の講演会『原発事故ー汚染地の現実と命の救済ー』を聴きに行って来た。司会は私の数少ない「友達」のOTさん。
講演は白石草さんが「原発事故から8年目の子どもたちの健康」、柳原敏夫弁護士が「3・11ショックに対抗するーNOでは足りない、YESを創り出そう」だった。
白石さんの講演を聴いて被爆から逃げる医師たちに腹を立て、柳原さんの講演を聴いて郡山市の小学生向けの副読本に驚き、自分の子どもや孫を率先して避難させているという福島県内の首長や幹部に憤りを感じた。自分の子や孫を避難させていることは良い。それなら避難をした住民にもう少し親切であっても良いのじゃないかと思ったのである。
OTさん、どうもありがとうございました。老い先短い私ですが多くのことを学ばせてもらいました。🙇‍♂️ 

2019年3月17日日曜日

【お知らせ】3月17日、市民が育てる「チェルノブイリ法日本版」の会結成1周年集会(白石草さん講演ほか)

2018年3月18・19日の<市民が育てる「チェルノブイリ法日本版」の会>結成集会から1年が経過した今年3月、東京都港区で、結成1周年集会を以下の要領で開催します。

日時:3月17日(日)13時 (開場) 13時30分(開始)~18時(終了)
場所: リーブラ(港区男女平等参画センター)1F ホール->地図
     東京都港区芝浦1-16-1 みなとパーク芝浦
     JR田町駅 東口(芝浦口) 徒歩5分
第1部
記念講演とセッション

白石 草さん「原発事故から8年目の子どもたちの健康」   
柳原 敏夫「3.11ショックに対抗する--NOでは足りない、YESを創り出そう」
交流会

第2部
「3.11東北・関東 放射能汚染からの避難者と仲間たち」から報告と呼びかけ
交流会
 
※講師 
白石 草(はじめ)さん 
1995年東京メトロポリタンテレビジョン社に入社。2001年に独立
し、非営利のインターネット放送局Our Planet-TVを設立。2005年NPO法人とな
る。2012年、日本女性放送者懇談会の「放送ウーマン賞」日本ジャーナリスト会
議の「JCJ賞」を受賞。ドキュメンタリー『東電テレビ会議49時間の記録』で
2014年、日本科学技術ジャーナリスト会議の「科学ジャーナリスト大賞」を受賞
した。
著書 『ルポ チェルノブイリ28年目の子どもたち ウクライナの取り組み
に学ぶ』岩波書店、『3.11後の子どもと健康 保健室と地域に何ができるか』
(共著、岩波ブックレット)

 

柳原敏夫 法律家。
「市民立法『チェルノブイリ法日本版』制定」の呼びかけ人の1人。ふくしま集団疎開裁判&子ども脱被ばく裁判の弁護団。NPOまつもと子ども留学基金理事。


詳細は以下のチラシ

2019年3月15日金曜日

2018年会計報告 (脱被ばく実現ネット)

 昨年(2018年)も多くの方々からカンパを頂き、608,409円の収入を得ました。
これは皆様の我々の活動に対するご理解の賜物だと深く感謝致しております。
 以下に簡単な会計報告をさせて頂きます。

(以下の集計票はクリックすると拡大します)

なお、これにつきましては監事(近藤卓史弁護士)による会計監査を2019年3月1日に完了しました。

    以上です

2019年3月10日日曜日

新宿アルタ前街宣 (3月9日)

恒例の新宿アクションを開催しました。
  日時:3月9日 16時~17時
  場所:新宿JR東口 アルタ前広場
春一番の強風が吹きましたので、以下の映像には風の音が雑音として入りました。
 (ご容赦ください)

-----映像-----
被ばくで胸に出来たケロイドと同じケロイドの文様が背中にもあります、心臓にもあります

新チラシ 近づいたら即死 高汚染の排気塔倒壊の危機! 東海第2原発(200キロ圏に5千万人)再稼働させるな!

皆様、福島第一原発事故から8年が経ち、
政府は原発事故などなかったかのように見せかけの復興の大宣伝をしています。
それにより人権は無視され、避難者への住宅支援をすべて打ち切りにするなど、原発事故被害者の困難は益々深刻になっています。

脱被ばく実現ネットは事故から9年目を迎える今、益々危険な福島第一原発の実態や日本原電や政府が再稼働をもくろむ茨城県の東海第2原発の危険性などを訴える新チラシを作成しました。

どうぞ、皆様、拡散をお願い致します。

 20190307チラシ表面

 20190307チラシ裏面



2019年2月22日金曜日

2月20日、子ども脱被ばく裁判の傍聴に参加してきました。
毎回、県外からも多くの支援者の皆さんが応援に駆け付けて下さっています。
午前中に放射能ゴミ焼却を考えるふくしま連絡会 和田央子さんによる
「日本政府は放射能ゴミをどのように処理しているか」のお話がありました。
 
福島県内には莫大なお金をかけた放射能ゴミの焼却施設が次々と建てられていて、
記者の方も初めて知ったという話が沢山あり驚きました。

 
福島地裁前の集会(裁判開始前) 


裁判後の報告と記者会見

報告会で参加者からの質問に答える弁護団
   **** ビデオ(一部ですが紹介します)****
【午前中】
● 和田さんの講演①
和田さんの講演②

● 井戸弁護士「今日の裁判の争点」

【裁判が終後】
● 参加者からのアピール 
 
● 記者会見
 記者会見続き
 
 
● 会場から意見交換


 
 

 

2019年2月15日金曜日

【報告】千葉県成田市、2月3日(日)市民立法「チェルノブイリ法日本版」学習会「戦争と平和--NOでは足りない――YESを、平和を積極的に創り出す必要がある--」

 2019年2月の市民立法「チェルノブイリ法日本版」学習会を、 2月3日(日)、千葉県成田市の自然食レストラン、古民家空間「風楽」で、 やりました。

古民家空間「風楽」 

落ち着いた古民家で、すっかりくつろいだ気分になって、15名ほどの熱心な参加者と学習会をやりました。おかげで、終了後その場で、参加者の8名が賛助会員になりました。



  以下、当日の動画とプレゼン資料&配布資料です。
  

◆動画
司会の三ッ橋トキ子さん挨拶と柳原敏夫の話(その1)。

柳原敏夫の話(その2)
 

柳原敏夫の話(その3)


柳原敏夫の話(その4)


柳原敏夫の話(その5)と質疑応答。
 
◆プレゼン資料(全文のPDFは->こちら) 
http://1am.sakura.ne.jp/Chernobyl/190203NaritaPresen.pdf


◆ 配布資料(PDFは->こちら)

戦争と平和
NOでは足りない――YESを、平和を積極的に創り出す必要がある

2019.2.3 at 成田 柳原敏夫

自己紹介

原子力ムラとはちがうが、育った「僕のムラは戦場だった」。それが今、至る所に普遍化している。



311からまもなく8年が経過。

私たちは、311直後のアクションを単に持続するのではなく、そこからもう一歩前に進む必要がある。
そのためにこの間の振り返りの中から、新しい再出発を模索する。
第1部、戦争
 私たちは放射能を忘れたがっている。しかし、放射能は忘れさせてくれない。
 放射能のいつも変わらぬ無言のシグナルは
 ――ユルユルと、ボケっと生きてんじゃねえよ!
第2部、平和
 平和は歌を歌って実現するものでも、ハトや虹の絵を描いて実現するものでもない。
 そのためには、実現可能な明確なビジョンをつかみ、これを実行する必要がある。
 それが「平和を再定義すること」、平和に向けて持続可能な現実的なビジョンを持つこと。
ジョディ・ウィリアムズ(※)
311後の私たちに残されていること
 ――311原発事故後の「福島の犯罪」をただし、命の救済を現実化、具体化すること、
 それが、市民立法によるチェルノブイリ法日本版の制定。

(※)世界最初の市民立法の条約(対人地雷禁止条約)を成立させた市民団体「地雷禁止国際キャンペーン」のメンバー。

                   第1部、戦争
◎ 自主避難者の人の言葉――3・11以来、百戦百敗、ずっと負け続けてきた。
では、なぜ負け続けているのか。その訳は私たちが旧態依然の発想しかできず、3・11以後の、過去に経験したことのない未曾有の現実に追いついていないからではないか。

◎ 3.11福島原発事故とは何か。
単なる事故ではなく、それは事件、政変だった。311以後、私たちは過去に経験したことのない、「見えない異常な時代」に突入した。

◎ 3.11以後の気分
 打ちのめされ、立ちあがれないくらい落ち込む連続だった。その最大の理由は311以後の現実に対する認識が足りないこと、311以後の現実=「見えない異常な時代」に対する認識が足りないからではないか。
◎ 3.11以後の課題
 第1に、311以後の未曾有の現実を認識する勇気を持つこと。
第2に、その現実認識に匹敵する理想=「現実を変える行動」とは何かを構想すること。
第3に、311以後の現実に対し、単にNOと言うのではなく、YESという理想に向かうこと。

◎ 3.11以後の現実
「自然と人間の関係」と「人間と人間の関係」を区別して現実を認識する必要がある。

◎「自然と人間の関係」(放射線の被ばくとは何か?)
・放射線災害は自然災害とは違う(菅谷昭松本市長)
・年間1mSvとは、「毎秒1万本の放射線が体を被ばくさせる状態が1年間続くこと」(矢ヶ崎克馬琉球大学名誉教授))
・即死のレベルである10シーベルトの放射能これを通常のエネルギーに置き換えると10ジュール/kg。これは体温をわずか0.0024度上げるにすぎない。たったこれだけのエネルギーが人間に即死をもたらすのはなぜか?(落合栄一郎さん)

◎「人間と人間の関係」――「全てがあべこべ」の「見えない廃墟」の世界の出現――
チェルノブイリ事故の「希望」と「犯罪」のうち、希望は用意周到に踏みにじられ、犯罪がより徹底して反復された。
子どもの命・人権を守るはずの者が「日本最大の児童虐待」「日本史上最悪のいじめ」の当事者に。
福島県は、甲状腺検査の二次検査で「経過観察」とされた子ども(2018年6月末で3316人)が、その後「悪性ないし悪性疑い」が発見されても、その症例数を公表しない。
加害者(加害責任を負う日本政府)が救済者の面をして、命の「復興」は言わず、経済「復興」に狂騒。
被害者(避難者も残留者も)は「助けてくれ」という声すらあげられず、経済「復興」の妨害者として迫害→密猟者が狩場の番人を。盗人が警察官を演じている。狂気が正気とされ、正気が狂気扱いされる
福島原発事故が明るみにしたもの---3・11ショックのどさくさ紛れの中で、「全てがあべこべ」の「見えない廃墟」の世界が出現したことにある。
しかし問題は私たちの側にもある。なぜなら、この悪夢のような出来事を前にして、「うそでしょう」「夢であって欲しい」と今なお茫然自失のショック状態にいるから。そのため今なおこの現実と対決することができず、引きこもり、さもなければオリンピックのお祭り騒ぎかという現実逃避の中にいる。子どもの命を守るためにはこの現実逃避から抜け出す必要がある。そのためにまず次の問いが必要となる――このあべこべの世界はなぜもたらされたのか。

◎「あべこべ」をもたらしたもの
「ショック・ドクトリン」(ナオミ・クライン)というメガネをかけてあべこべの世界を眺めると、311以後の「あべこべの世界」はショック・ドクトリンの正しい適用にすぎないと分かる。「ショック・ドクトリン」の原理は「危機のみが真の変革をもたらす」(山下俊一語録「ピンチはチャンス」)、それゆえひとたび危機が発生したら人々が茫然自失状態の間に一気呵成に「変革」を強行することが肝心で、この間に断固とした行動を取る機会を逸すれば、変革のチャンスは二度とやってこないと肝に銘じている。それが
一方で、事故直後のどさくさ紛れに福島県のみ(!)学校安全基準の20倍引き上げの通知、ミスター100
mSvの異名を持つ山下俊一発言と彼の設計による欺瞞的な福島県の県民健康調査、被害者の救済を原発周辺の住民に限定し、それ以外には徹底した自己責任(新自由主義)を押し付け、
他方で、秘密保護法の成立、集団的自衛権の行使容認の閣議決定、安保関連法の成立、共謀罪の成立と戦争に突き進む、憲法違反を承知で強引な政治改革の実現――それは3・11前には考えられなかったような、火事場泥棒の法的クーデタと呼ぶほかない異常事態である。
3・11以後の日本は国中が原発事故に翻弄された国難などではなくて、「ピンチはチャンス」の通り、原発事故という危機をここぞとばかりに、私たちが茫然自失のショック状態の間に、一気呵成に、原発事故前には不可能だった政治改革を実現した千載一遇のチャンスだった。

このストーリーはチェルノブイリ事故でも実行され、「チェルノブイリの犯罪」と呼ばれだ。311以後の日本も「福島の犯罪」と呼ぶのが相応しい。小説家カミュは「犯罪という猛烈な執念に対抗する術として、証言することへの執念のほか、この世に何があるだろうか」と言った。
3・11以後の日本で、猛烈な執念で実行された「福島の犯罪」に対抗する術として、単に
NO(「再稼動反対」「支援を打ち切るな」)と言うのでは足りない、「惨事便乗型政治改革」に代わる、積極的、ポジィティブな改革を言う必要がある。それが「これは犯罪であり、犯罪は正されなければならない」と証言することへの執念であり、これ以外に今の日本に何があるだろうか。この犯罪を正すこと、その最初の一歩が、原子力災害から私たちの命・健康・暮らしを守る世界最初の人権宣言である旧ソ連のチェルノブイリ法、その日本版を制定することにほかならない。

                       第2部 平和
◎ 3.11以後の課題
「全てがあべこべ」の「見えない廃墟」という未曾有の異常事態をただすこと。
→そのエッセンスはシンプル。「私たちの運命は私たちが決める」「おかした誤りは放置せず、ただす」

◎ いかにして3.11以後の課題を実現するのか?――「もう一つのあべこべ」の可能性――
だが、日本社会が持ちうる最悪の要素の全てを露呈した311以後の「全てがあべこべ」の暗黒時代にそれは可能だろうか。
可能である。なぜなら、311以後に出現した「あべこべ」は生半可なものでなく、悪のあべこべだけでなく、政治を一握りの職業的専門家にお任せする「お任せ民主主義」から、アマチュアの市民が自ら統治する市民主導の参加型民主主義に交代する「もう1つのあべこべ」をも生み出したからである。それは《職業的専門家とアマチュアのあべこべの時代》をもたらし、311まで劇場の観客にすぎなかった市民が、311以後、みずから舞台に上り、政治、経済、科学技術、文化で発言するようになり、主役となろうとしたからである。これが市民主導で原子力災害から市民を守る立法=市民立法の基盤だ。

◎ いかにして誕生したばかりの「もう一つのあべこべ」を育てるのか?
ただし、このあべこべは誕生したばかりで、これを育てるか枯らすかは私達市民の手にかかっている。そのためには過去に「市民立法」を実現してきた「希望の扉」を全て叩いて、扉を開け、希望の泉を汲み出し、芽をふいたばかりの私たちの取組みに注ぎ込む必要がある。公式の日本史に載らない、「希望の扉」が我が国に存在してきた、それも至るところに。市民の市民による市民のための市民立法「チェルノブイリ法日本版」のエッセンスは《今日の革命は参加という名前である》の言葉に詰め込まれている。NOでは足りない。3・11で被ばくした子どもたちを救えないようでは日本はおしまいだと絶望する前に私たちにまだやれることがある。私たちはミセン(未だ生きず)の中にいる。

◎ 「希望の扉」その1:チェルノブイリ法日本版は世界史の奇跡?
「世界の中に奇跡があるのではない。この世界があることが奇跡だ」←「この世界がある」には、これまで少なくとも3つの奇跡が含まれる。
①.生命の誕生   無生物の中から生物が誕生したこと。
②.普遍宗教の誕生 共同体(自己愛)の宗教の中から、超越的(他者愛)の普遍宗教が誕生。 
③.人権の誕生   人権抑圧の法体系の中から、人権(近代憲法)が誕生したこと。 
 チェルノブイリ法日本版は放射能災害に対する人類最初の人権宣言。

◎ 「希望の扉」その2:過去は変えられる?
 未来は変えられるか? 可能である。なぜなら過去は変えられるから。
 311以後、明らかになったこと→職業的専門家にお任せの「間接民主主義の機能不全・破綻」
 311以後の異常事態を是正する道、その可能性の中心は「もうひとつのあべこべ」として出現した「市民の自己統治」(直接民主主義・連帯経済)の中にある。そのために、私たちは「過去を変える」必要がある。
2016年来日したアレクシエービッチさんは言った「日本には抵抗の文化がない」
しかし、彼女は公式の日本史しか知らない。私達の過去には輝かしい抵抗の文化があり、埋もれている。
1872年 江藤新平らが、司法権の独立と民が官を裁く先進的な行政訴訟を作る。
 1954年、杉並の主婦から始まった水爆禁止署名運動
 1969年、歴史的な公害国会を引き出した東京都公害防止条例制定の市民運動
 1995年、霞ヶ浦再生を、市民型公共事業として取り組んだアサザ・プロジェクト
 1997年、市民主導で成立した最初の条約、対人地雷禁止条約の成立。 
 2017年、市民主導で成立した2番目の条約、核兵器禁止条約の成立。

◎ 次は我々の番だ。
2018年3月、チェルノブイリ法日本版制定を進める市民運動の市民団体として「市民が育てる『チェルノブイリ法日本版』の会」がスタート。
 次は日本各地で、NOではなく、YESという平和のアクションを起す、ベラルーシ出身の画家シャガールに倣って。
最初から失敗することがわかっているような冒険でも、そこがパリであれば、
冒険を冒す価値がある。それがパリだ。

(斉藤隆介作・滝平二郎絵)「八郎」
むかし、秋田に、 
八郎という名の山男が住んでいた。八郎は、かしの木ほどもある大男。なのに、彼の口癖は、
あーあー、おら、もっと おっきくなりてえなあー、おっきくなりてえなあー
でも、なぜ自分が 大きくなりたいと思うのか わからなかった。
しかし、とうとうその時が訪れた。
或る時、小さな子どもと出会い、子どもとの経験を通じ、自分の心の秘密を知り、こう叫んだ。
わかったあ !  
おらが、  なしていままで、 
おっきくおっきく  なりたかったか !
 
私たちも、八郎のように、確信を抱いて叫び続けたい。
あーあー、おら、もっと おっきくなりてえなあー、おっきくなりてえなあー
   (2019.2.3)