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告知  ★①波打ち際に足跡を残す」自主上映会&『311子ども甲状腺がん裁判』弁護団からの「甲状腺検査の現状解説」と参加者との対話 日時:10月17日(土)14時30分(開場)15時(開始)~17時 ★②官邸前抗議 10月19日(月)17時30分~18時15分  ★③新宿デモ 11月14日(土)場所:JR新宿駅東口駅前広場 13時~集会 14時デモスタート

2014年8月8日金曜日

【投稿】(第二次疎開裁判への抱負)幸吉は父母上様の側で暮らしとうございました(黒岩 康)

                                                 東京  黒岩 康
多くを語る必要はない。
 次に引く「遺書」が福島の人々が育んできた家族関係を語って余りあるからである。それは、1968年1月9日、「東京オリンピック」マラソン3位ランナー円谷幸吉によって故郷・福島県岩瀬郡須賀川町(現:須賀川市)の家族に向けて書かれた。
父上様、母上様、三日とろろ美味しゅうございました。干し柿、モチも美味しゅうございました。
  敏雄兄、姉上様、おすし美味しゅうございました。
  克美兄、姉上様、ブドウ酒とリンゴ美味しゅうございました。
  厳兄、姉上様、しそめし、南ばん漬け美味しゅうございました。
  喜久造兄、姉上様、ブドウ液、養命酒美味しゅうございました。
  又いつも洗濯ありがとうございました。
  幸造兄、姉上様、往復車に便乗させて戴き有難うございました。
  モンゴいか美味しゅうございました。
  正男兄、姉上様、お気を煩わして大変申しわけありませんでした。
幸雄君、秀雄君、幹雄君、敏子ちゃん、ひで子ちゃん、良介君、敬久君、みよ子ちゃん、ゆき江ちゃん、光江ちゃん、彰君、芳幸君、恵子ちゃん、光栄君、裕ちゃん、キーちゃん、正嗣君、立派な人になって下さい。
父上様、母上様、幸吉はもうすっかり疲れ切ってしまって走れません。何卒お許し下さい。気が安まることなく御苦労、御心配をお掛け致し申しわけありません。幸吉は父母上様の側で暮らしとうございました。
 正月・故郷で受けた歓待。そしてその場に居合わせた両親、兄弟、そして甥・姪らの顔々。
三十一人の名前。十一の食物。それは、〈幸吉はもうすっかり疲れ切ってしまって走れません。何卒お許し下さい。〉─この一語を導き出す為の序詞として機能する。
そこに表現された家族的紐帯とその暖かさ。そしてそこへ帰れなくなった者の精神的距離。
 ところで、現在、何故・円谷幸吉なのか?
 自死を前にして、かれが万感の思いを託して書いた〈幸吉は父母上様の側で暮らしとうございました〉の一語を現在・福島に住む多くのご家族、又は避難を余儀なくされているご家庭に送り届けなければならない!と思うからである。そして小さな十七人の子どもたちに〈立派な人になって下さい。〉と言えたこの時代の青年(大人)の純心をある羨望の思いで眺望せねばならない現実を知るからである。
 2011.03.11.福島第一原発事故は、川端康成に、三島由紀夫に、沢木耕太郎に"哀切"と言わしめたこの「遺書」の世界をことごとく破壊してしまっていると言わざるを得ないからである。
 だから、この現実を隠蔽する如何なる政策(思惑)に対しも、今は率直にNon!と言わざるをえない。「子ども脱被爆裁判」とは、その意味で円谷幸吉が帰ろうとして帰れなかった家族的温もりへの帰還(奪回)を目標に戦われる裁判である、と考える。

【投稿】(第二次疎開裁判への抱負)役人の言い訳を絶つ必要があるのです(大庭有二)

                                              小田原 大庭有二
 日経新聞(2014.8.1)によると、13年度の復興予算7兆5089億円のうち、35.3%に当たる2兆6523億円が執行されなかったと復興庁が発表しました。なかでも、福1原発事故からの復興・再生予算は53%が使われず、6500億円が未執行でした。
それらの原因は資材価格の高騰や人手不足があるとしていますが、関係省庁や既得権益を持つ組織がここぞとばかり過大な予算要求をして、それを政府が認めたから使い切れなかったのです
ここで執行された予算には、山のような無駄使いが含まれているはずで、それを省けばもっと少ない執行額だったはずです。
 こうした金があるにもかかわらず、国は福島で放射線被ばくをし続けて、肉体的にも精神的にも苦しんでいる人々、特に子どもたちをそこから逃がそうとしません。
それは福島県の経済を回復するとの名目で、一部の組織や一部の人の利益を優先して、県民の健康被害を無視しようとしているからに他なりません。
国や福島県はチェルノブイリ原発事故後の周辺住民の健康被害について十分に理解しているにもかかわらず、このような行動をとるのは被害者の方々が死んでしまえばリセットされると考えているとしか思えません。たしかに、これまでの水銀による水俣病やカドミニュウムによるイタイイタイ病による健康被害は被害者の方々の死により、次第に過去の問題になる歴史をとってきました。
その歴史を十分に知っている国や福島県は被ばく被害を受け続けている福島県民を犠牲にして、何とかこの場を乗り切れば良いと思っているのです。
これが出来れば「過去に遡って国や県が責任を追及されることがない」「被害者に全ての苦しみを押し付ける形でこの難局は乗り切れる」と踏んで、当面の成果や利益である福島県の経済復興に力を注いでいるのです。
別の言い方をすると、役人個人の成果や一部の組織の利益を確保するために、福島の多数の県民は被ばく被害から逃れられないのです。
 これに対して「こうした住民に被ばくを強要することを続けていてはならない」と、大声で怒鳴っても、デモをしても、暴力に訴えても、彼らは聴く耳をもちません。彼らは「法律に従ってしか動けないし、それ以上に動くつもりはない」と常に言い訳をします。
 ですから、裁判により法的な圧力を彼らに加える必要があるのです。ずる賢い役人の言い訳を絶つ必要があるのです。それには、この「子ども脱被ばく裁判」が勝たなくてはならないのです。
 最後に補足ですが、大声で怒鳴っても、デモをしても無駄のようなニュアンスを書きましたが、これ等の示威は大事なことだと思っています。この裁判の弁護士の中には、元裁判官の方が2名いますが、その方々も他の弁護士の方も「裁判官は世論を無視した判決は出せない」と述べており、世論形成に影響する行動や活動をそれぞれの持ち場で活発に行ってもらうことが、この裁判を有利することは十分に理解しています。    大庭有二

【アクションの呼びかけ】第二次裁判スタート・アクション~支援者の皆さんの抱負・感想・ご意見を募集中~

8月29日、第二次ふくしま集団疎開裁判(正式名称:子ども脱被ばく裁判)を提訴します。
この裁判は、目に見えない戦火の中に閉じ込められている福島の子 どもたちの命を救うため、これまで福島の子どもたちの救済をサボタージュしてきた日本政府に対し、緊急かつ最優先課題として、その実行を正面から求めるも のです。
「福島の子どもたちは危ない」と認めた第一次ふくしま集団疎開裁判の仙台高裁の判決(昨年4月24日)の事実認定を踏まえて、福島の子どもたちの避難の権利を認めさせるものです。

それは、 
・見えない戦火のなかの子どもたちを救い出す裁判
・世界で最も過酷な子育て中の福島の親子を救い出す裁判
・国と福島県の3.11以後の救護対策の誤りを裁く裁判
・経済復興・帰還最優先の政策を命の復興最優先の政策に転換させるための裁判
 


この裁判の行方を決めるのは私たち一人一人の市民の良心の声です。
福島の子どもたちの命を生かすも殺すも私たち次第なのです。

すでに小出裕章さんのような方からメッセージが寄せられていますが(->こちら)、最強の力は無数の無名の私たち市民の声です。

ひとりでも多くの方々から、第二次裁判に対する声、抱負・感想・ご意見をお寄せいただくようお願い申し上げます。 
->意見の書き込みはこちらから

                                      絵 ちばてつや

【報告】第二次裁判の支援団体「ふくしま集団疎開裁判の会」の新しい共同代表が決まりました

第一次裁判(正式名称:ふくしま集団疎開裁判)を支援してきた「ふくしま集団疎開裁判の会」は、新たに、第二次裁判(正式名称:子ども脱被ばく裁判)を支援するにあたり、次の二人を新しい共同代表に決めました。

片岡輝美(福島県会津若松市)
水戸喜世子(大阪府高槻市)

今度の子ども脱被ばく裁判は福島県はもとより、全日本と全世界の市民からの支持が不可欠です。そこで、「ふくしま集団疎開裁判の会」の新しい代表を考えるにあたっても
福島県
全日本
全世界
の3つのエリアから代表を選ぶことにしました(全世界はまもなく決まります)。

以下、2人のプロフィールです。

◎片岡輝美
 1961年福島県生まれ。85年夫片岡謁也と共に故郷会津若松へ。2005年九条の会・西栄町学習会を結成。「自分のことばで平和を語る」をモットーに月例学習会やピースウォークや講演会などを企画。同学習会を前身として、2011年5月放射能から子どものいのちを守る会・会津、7月会津放射能情報センター(7月)を設立し代表となる。

 動画
  福島のみなさん 会津若松市(金曜抗議) 2013.05.10 


 「鼻血は事実」〜福島の母親「美味しんぼ」言論抑圧に抗議 (17分40秒~)

著作 ・ 文書
今、いのちを守る (TOMOセレクト 3・11後を生きる) 

わたしたちのこえをのこします ―福島原発事故後を生きる・もうひとつの記録集

会津放射能情報センター での挨拶

   
◎水戸喜世子
 1935年、柴田釼造・かぎの長女として名古屋市に生まれる。54年お茶の水女子大学入学、翌年同大自治会執行部に参加。60年東京理科大学物理学科卒業。 同年水戸巖氏と結婚。61年京都大学基礎物理学研究所の文部教官助手(組織助手)に。67年に巖氏とともに10・8羽田救援会を立ち上げる。69年3月救 援連絡センター結成、事務局長に。74年3月部落解放同盟大阪府連浪速支部の部落子ども会指導員に(78年まで)。86年12月の厳寒期、夫巖氏と双子の 子息が剣岳で遭難、遺体捜索に入る。翌年10月捜索終了。うつ病の時期が長く続く。「非核ネットワーク通信」を通じて市民運動と出会い徐々に回復。 2008年1月から2010年12月まで中国江蘇省建東学院の外籍日本語教授。

2013年2月21日新宿デモへのメッセージ

反原発遺志 今こそ声に
2012年6月20日  朝日新聞記事

◎2014年5月12日に言い渡された大飯原発差止判決を英語、中国語、台湾語、韓国語の4か国語に翻訳して世界に発信。
世界が「読みたい」判決文
2013年7月13日 朝日新聞 西日本版

動画
 2014年5月21日大飯原発3・4号機差し止め請求裁判「記者会見」(福井県教育センター)
(22分~)

水戸喜世子 内部被ばく―福島の実像と私の考え
 
著作・文書

【集団疎開体験者の声】ふくしま集団疎開裁判への連帯アピール 

 大飯原発差し止め訴訟 原告陳述書 

※ 参考

「原発は滅びゆく恐竜である─水戸巌著作・講演集」
 特別寄稿
「原発は滅びゆく恐竜である」発刊に寄せて
 ─水戸巌と息子たち─ 水戸喜世子

2014年8月7日木曜日

【投稿】(第二次疎開裁判への抱負)第二次疎開裁判を前回にも増して強く支援します ――放射線防護施策の非科学性を衝きながら(生井兵治)

 生井さんから、改めて、抱負の文章を寄せていただいたので、追加して紹介します。

◎ 第二次疎開裁判を前回にも増して強く支援します
 ――放射線防護施策の非科学性を衝きながら

 
生井兵治(なまい・ひょうじ)
 
東京・目黒で生まれた私は、国民学校一年生の時に太平洋戦争の戦禍を逃れ、栃木の田舎に疎開し、翌年、終戦になりました。耐乏生活のこの間、子供心にも「大本営発表」の嘘を何度も実体験しました。ですから、「3.11」の晩、「原子力緊急事態宣言」発令(菅直人総理大臣)に関する枝野幸男官房長官の記者発表をテレビで見て、「大本営発表の再来」と強く感じて身の毛がよだち、地震の怖さと相まって登校拒否児同然となり、80日間、家に引籠りました。
筑波大学在職中、育種・遺伝学、特に植物育種における受粉生物学の体系化に取り組みながら、学生・院生の教育に励みました。この間に植物の性に教わった生命の基本は、個体維持と種族維持の矛盾と遺伝性と変異性の矛盾ということであり、生命の究極は連綿と続くいのち、すなわち「いかに子孫を残すか」ということです。子どもを粗末にする生物集団は滅びます。いずれにしても、在職中は講義やゼミに備えて、範疇となる突然変異育種や放射線遺伝学・放射線生物学などの関連文献・図書等も収集していました。家に引籠り中、これらを書庫から取り出して再度読み漁りました。
1960~70年代の植物遺伝学では、どんなに低線量の放射線でも被曝線量に応じて突然変異が起きることや、植物が空中から取り込む放射性物質による低線量内部被曝でも被曝線量に応じて突然変異が起きることは、国内外のムラサキツユクサ等の研究によって明らかでした。人間以外の生物では、被曝世代の後代に明確な遺伝的影響が現れますから、疫学的データが少ない人間でも、予防原則に則り低線量内部被曝の危険性を考慮した対策が必要なはずです。
ICRP(国際放射線防護委員会;1950年に発足した英国のNPO団体)の放射線防護理論の基礎「広島・長崎の被爆者の追跡調査」の結論のひとつは、子孫に明確な遺伝的影響が見られないということです。しかし、生物統計学的にみれば調査数が著しく少なすぎ全く非科学的な結論だ、というのが私の理解です。一方、放射線生物学の教科書では、放射線被曝の人体に対するリスクについては、もっぱらICRPの勧告などが基礎となっており、人工放射性降下物を呼吸や飲食によって体内に摂取することによる低線量内部被曝を著しく軽視ないし隠蔽しています。

ICRPは、やがて米国主導により完全に核開発側に立つ放射線防護の世界の指導的役割を担います。ICRPと、これに協力する国連のIAEA(国際原子力機関)やUNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)も、核開発が目的の政治組織で、内部被曝を著しく軽視し、公衆や核施設作業労働者に法外な被曝を強要する放射線防護理論を展開しています。

日本の大学では、早くからICRPの非科学的な放射線防護理論が教授され、これを無批判に学んだ「斯界の専門家」が「似非科学者」として大勢育ってきました。しかも、これら「似非科学者」の「斯界の専門家」が関連する大学や研究所で実権を握り非科学的講義を進めるとともに、中央・地方政府の放射線防護策立案に深く関与しています。その中心人物は、重松逸造(1917~2012)、長滝重信(1932~)と、山下俊一(1952~)、丹羽太貫(1943~)などです。中央・地方政府の各種委員会等の発言を聞くと、彼らの立ち位置は、庶民の側では全くなく、「国際原子力ムラ」と巷で呼ばれる側にあり、住民を被曝のリスクから救おうという意思は微塵も感じられません。

ところで、自然科学一般では、ある事象の否定は肯定よりも難しいです。しかし、放射能汚染地帯の子どもたちの甲状腺癌をはじめ人びとの諸々の疾患について、「斯界の専門家」らが平然と理由も示さず福島原発事故との関係を全面否定します。これは、彼らが真の科学者ではなく、原発再稼働を前提とした政治・経済的立脚点に立つ「似非科学者」の証拠であり、科学界はもとより社会的にも許されるものではありません。彼らの行為は科学の本質を歪め、被曝住民の心を逆なでし、人びとの人権を愚弄するものです。

以上のとおり、日本政府の放射線防護策は、異論を許さず政治的主張を唱える「斯界の専門家」(似非科学者)集団が策定しており、およそ科学的ではありません。ですから、厳正なる司法判断では、このように非科学的な放射線防護理論や放射線科学に依拠せず、原告の生存権・人格権を第一に考え、国民の生命と司法の独立性を守る判決を下されるよう強く求めます。私が第二次疎開裁判を強く支援する理由は、ここにあります。


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                                              生井兵治

ICRP(国際放射線防護委員会)と、これに協力する国連のIAEA(国際原子力機関)UNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)は、 核開発が目的の政治組織で、内部被曝を著しく軽視し、公衆や核施設作業労働者に法外な被曝を強要する放射線防護理論を展開しています。

日 本の大学では、ICRPの非科学的な放射線防護理論が教授され、これを無批判に学んだ「斯界の専門家」が「似非科学者」として大勢育ってきました。しか も、これら「似非科学者」である「斯界の専門家」が関連する大学や研究所で実権を握り非科学的講義を進めるとともに、中央・地方政府の放射線防護策立案に 深く関与しています。

ところで、自然科学一般では、ある事象の否定は肯定よりも難しいのです。しかし、放射能汚染地帯の子どもたち甲状腺 癌をはじめ人びとの諸々の疾患について、「斯界の専門家」らが平然と理由も示さず福島原発事故との関係を全面否定します。これは、彼らが真の科学者ではな く、原発再稼働を前提とした政治・経済的立脚点に立つ「似非科学者」の証拠であり、科学界はもとより社会的にも許されるものではありません。彼らの行為は 科学の本質を歪めるものであり、被曝住民の心を逆なでし、人びとの人権を愚弄するものです。

以上のとおり、日本政府の放射線防護策は、異 論を許さず政治的主張を唱える「斯界の専門家」(似非科学者)集団が策定しており、およそ科学的ではありません。ですから、厳正なる司法判断では、このよ うに非科学的な放射線防護理論や放射線科学に依拠せず、原告の生存権・人格権を第一に考え、国民の生命と司法の独立性を守る判決を下されるよう強く求めま す。

2014年8月6日水曜日

【投稿】(第二次疎開裁判への抱負)子どもたちの避難の実現は、ライフワークを棚上げしてでも取り組むべき課題だと思った(柳原敏夫)

                                 第一次疎開裁判 弁護団長 柳原敏夫


昨日自殺した理研の笹井芳樹氏の研究分野つまりバイオテクノロジーが、3.11まで私のライフワークでした。
以前から知られていたことですが、バイオテクノロジーの究極の未来像の1つが「頭のない臓器移植専用生き物の大量複製の工場」[1]です。
他方で、荒業、力業で自然と生命を思う通りに作り変えられると自負して、あたかもプラモデルでも作るかのように、得体の知れないウイルスのDNAなどを使って生命を切った貼ったと改造するバイオテクノロジーの研究者たちが何をしでかすかは2005年に始まった禁断の科学裁判(遺伝子組換えイネ野外実験の差止裁判)を通じて経験済みでした。
早晩、バイオテクノロジーの暴走による過酷事故が発生し、人間の生命と地球環境に回復不可能なまでにダメージを与えることになる。それを未然に防ぐことが私のライフワークでした。そのために、バイオテクノロジーの雄である米国モンサント社のバイオテクノロジーに関する基本特許がいかに危険なものかを明らかにし、この特許の無効を勝ち取る申立てを1年以上かけて準備をし、申立の寸前までいったところで(審判申立書)、福島原発事故が発生しました。


この瞬間、私は、自分のライフワークを棚上げするしかないと観念しました。それまで私は、原子力利用について、素朴に、市民運動の長年の努力のおかげで、原発事故の発生はほぼ防げるまでの段階に到達したのだろう、だから、自分の関心を、原子力利用と並ぶ未曾有の力業の技術であるバイオテクノロジー問題に振り向け、専念して大丈夫なのだと思い込んでいたからです。しかしこれは無知の極みでした。福島原発事故で原発問題は何一つ片付いていないことを頭に叩き込まれたからです。このような前代未聞の過酷事故を目の当たりにして、自分の無知を思い知らされると同時に、このあと自分がたとえ鶴や亀みたいに数百年、千年生き長らえたとしても、決して遭遇することがないような事故に思えました。なぜなら、もしこのような事故がもう一度起きたら、そのとき、日本は全滅し、自分も生きていないからです。3.11後2ヶ月自宅に引きこもったあと、人々が東京から西へ、国外に逃げ出そうとしたのを見て、福島に向かいました。


 このとき、私がバイオテクノロジーの裁判(禁断の科学裁判)で経験済みで最も怖れていたことは「科学上の事故は二度発生する」ことでした。一度目は自然と人間との関係で、人間の落ち度や見込み違いや偶然の要素によって発生する。しかし、決して一度では終わらない。そのあと二度目に、人間と人間の関係で、つまり市民社会との交渉の場面で世論操作する中で、確固たる必然の要素によって発生する。これが福島原発事故でも反復されるのではないか。そのとき、「事故を小さく見せるためにはどんな犠牲を払うことも厭わない」と決意した日本政府はどんなウソでも平気でついてくるだろう。現実は危惧した通りの展開となりました。その結果、確信犯的な二度目の事故による最大の被害者は放射能の感受性が高く、社会の最も弱い人たちである子ども、妊産婦でした。二十数人が殺されたサリン事件を日本史上最悪の犯罪と呼ぶとしたら、二十数万人の子どもの命を危険にさらして顧みない日本政府の行為をどう表現したらよいのか、筆舌に尽くし難いほど正義に反する犯罪行為としか思えませんでした。
ごく自然に、良心の示す方向へと進みたいという気持ちを抱いていたなら、日本政府のこの前代未聞の不正義を改めさせないではおれないとごく自然に考える筈です。そのことを小出裕章さんはこう表現しました――それ(子どもの命を救うこと)をしないで生きていれば、私は私自身を許すことができません。私も福島に向かうしか、自分が正気でいられる道はないと思いました。

そして、福島で、途方もない困難な中で決して諦めない勇気を持った素晴らしいお母さん、お父さんたちと出会いました(その人たちの声->動画。 文書)。

その勇気に励まされて、その1ヶ月後に、第一次疎開裁判が始まりました(Ourplanetの動画)。

いま、そのときの初心に、原点に戻ることが、途方もない困難な中で決して諦めない勇気を持つ人たちとつながることが何よりも大切だと感じています。
子どもたちの命を生かすも殺すも、われわれ次第なのです。




[1] 人工子宮というガラスビンの中で、ヒトの胚を、遺伝子組換により頭の発育を抑えて、頭のない胎児を育てることができる。あとは、臓器をクローニングしておけば、その生き物の臓器が、提供者のそれと完全に適合するものが確実に得られ、組織の拒絶反応というリスクを負わなくても済む。

いずれ、こうしたヒトではなく、かつヒト以外の生き物でもない(頭のない)臓器移植専用生き物が、工場のガラスビンの中でで、大量に複製生産することができる時代となる。

これなら「誰にも危害を及ぼしていないのだから、倫理的な問題もない」(ロンドンの或る研究者)、今までの臓器移植の問題がすべて解決する。これが21世紀初めのいつかに出現するとされる、バイオテクノロジーの未来図の輝かしい一例(ジェレミー・リフキン「バイテク・センチュリー」57~58頁)

【第二次裁判=子ども脱被ばく裁判】小出裕章さんからのメッセージ

本日、京都大学原子炉実験所の小出裕章さんから、これからスタートする第二次裁判=子ども脱被ばく裁判に対して、以下のメッセージを寄せていただきました。

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 決して事故など起きないと言われてきた福島第一原子力発電所が事故を起こしてからすでに3年半近い歳月が流れました。
 発電所の敷地内では、事故は一向に収束できないまま放射能汚染水が汚染を広げ、最低賃金すら受け取れないと言われる労働者たちが放射能を相手に苦闘を続けています。
 周辺では10万を超える人々が、故郷を追われ、生活を根こそぎ破壊されて苦難のどん底にいます。
 さらに、日本の法令に従えば放射線管理区域に指定しなければならない場所に、赤ん坊も子どもも含め数百万の人たちが、棄てられてしまいました。
 一方、この世紀の大犯罪に責任がある東京電力と日本政府は誰一人責任を取らないままです。

 子どもたちは原子力を暴走させたことに対して責任がありません。
 福島第一原子力発電所の事故が起きたことにも責任がありません。
 それなのに、毎日見ていても面白いほどに成長する子どもたちこそ、放射線被曝に対する感受性が高いのです。
 そうであれば、子どもたちを被曝から守ることは大人たちの最低限の責任です。
 子どもたちを守ってあげたいというのではありません。
 それをしないで生きていれば、私は私自身を許すことができません。
 もちろん、それをしないで知らぬ顔をする政府、東京電力には徹底的に責任を取らせたいと思います。
 子どもの被曝を少しでも少なくするために、私は私の力を使います。
 非力ですが、無力ではないはずです。
 被害者の方々の苦難の重さは私には量れません。
 しかし、諦めることなく、挫けることなく生きてくださることを願います。  


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 お手数をおかけしますが、よろしくお願いします。

                        2014/8/5  小出 裕章